83才の認知症の母を介護するN記者(54才・女性)。そんな母は夫、姉を看取ったことが、死生観に大きな影響を与えている。親しい人の最期を看取ってきた母にとって、死とはどんな意味を持っているのだろうか。N記者が綴る。
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母は9人姉弟。私が子供の頃の正月や法事には、おじ、おば、いとこたちが一堂に会し、大賑わいだった。
それを仕切っていたのは、最年長のRおばちゃんだ。明るくてパワフルな働き者で、宴の間も忙しく動き回りながら、常に会話の中心にもいて、おしゃべりはまるで機関銃。でも私たち子供が話しかければ、嬉しそうに相手をしてくれた。
母たちは「お姉さんはすぐ人を支配したがるのよ」などとやっかみの陰口も叩いたが、私もいとこたちも、Rおばちゃんが大好きだった。
私が大学生の頃には、母には言えない恋の悩みもRおばちゃんに打ち明けた。すると、「Nちゃんの好きな人、おばちゃんが見定めてあげる!」と言って、彼氏との待ち合わせを隠れて見に来た。特に何をするわけでもなく、駅の柱に見え隠れするおばちゃんの姿が、おかしくて嬉しかった。
そんなRおばちゃんは生涯独身。母たちが出た実家を守り、70代の初め頃に人知れず認知症になった。親戚が集まる機会も減り、気づくと家中、汚れ物があふれていたそうだ。弟妹で家を片づけ、母が新聞広告で老人ホームを見つけて来たという。
Rおばちゃんが老人ホームで暮らした10年の間に、母をはじめ5人のおじ、おばが次々に認知症を発症。先頭を行くRおばちゃんは、徐々に表情や言葉を失いながらも、「ここはご飯がおいしい。毎日楽しいよ」と言い続けた。
妄想が激しくなった母もおばちゃんを見舞うときだけは、「よかったね。ここ私が探して来たのよ」と正気に戻り、かいがいしく世話を焼いた。
Rおばちゃんに最後に会ったのは亡くなる前日だった。死期が近いようだとの知らせに、妄想で私を泥棒扱いする母をなだめて連れ出した。老人ホームのベッドでRおばちゃんは寝息を立てていた。
「食べ物も受け付けなくなって…。生き切ることだけにエネルギーを使っているの。目覚めて意識を使うだけでも、体力を消耗しますからね」と、見守ってくれている保健師さんが教えてくれた。
Rおばちゃんが無表情の向こうで忙しく旅立つ準備をしているのだと思うと心が落ち着いた。そして厳かな空気に包まれ、天使がいるような気配がして感動した。悲しみとは違う。