ノーベル文学賞の有力候補として常に下馬評に上る村上春樹氏の長編小説『騎士団長殺し』が香港で「わいせつ図書」に認定されるという事態が発生した。同書の性描写が原因だが、専門家の間では「これまでの作品と比べても、それほど過激でも、露骨でもない。それに、中国語版の出版から半年も経っている、いまになっての猥褻図書認定は明らかにおかしい」との批判も飛び出している。
同書は香港の書店ではビニールで密封して立ち読みができないようにしたうえで、「18歳未満への販売や貸し出しはできない」という警告シールが貼られており、まるでエロ本や中国問題に関する発禁書並みの扱いを受けている。このため、7月下旬に開かれた香港ブックフェアにも出品予定だったが、開催直前に会場から撤去された。
今回の処分の発端は香港自治区政府の映画出版物管理当局に「村上氏の作品に露骨な性的描写がある」との苦情が寄せられたことにある。政府が委託している諮問機関「淫猥物品審裁処」が審査した結果、措置が正式に決まった。
この審裁処は1994年、ルネサンス期の彫刻家ミケランジェロの代表作ダビデ像を取り入れた広告を「猥褻」と認定し、香港内外で大きな波紋を呼んだほか、いくつかの芸術作品を「猥褻」と認定するなど不可解な裁定の“前科”がある。
香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」は「不可解な裁定は今回だけではない」などと報じ、猥褻などと裁定された舞台演劇や彫刻、文学など5つの例を出して、審裁処の判断の奇妙さを指摘している。このため、香港の21団体の市民2000人以上が決定を撤回する署名活動を展開する騒動に発展するなど、波紋を呼んでいる。