絶版となった後も、専門家の間で愛読されているというのが、1972年に初版が発行された『日本の長寿村・短命村』(サンロード出版)。著者は東北大学名誉教授で医学博士だった近藤正二氏(1893~1977年)だ。
衛生学を専門とする近藤博士は食生活や生活習慣が寿命に与える影響に大きな関心を持ち、1935年から1971年の36年にわたり、北海道から沖縄の八重山諸島に至るまでの全国津々浦々990か所を、自らリュックを担いで訪ね歩き、調査を行った。そのフィールドワークの中で、「どうすれば長寿になるか」にスポットを当て研究を重ね、その成果をまとめたのがこの一冊だ。
ちなみに、近藤博士は「平均寿命」という数字を使っていない。「人口における70才以上の高齢者の割合(長寿率)が高い村」を《長寿村》と、「若年死が多く、70才以上の高齢者が少ない村」を《短命村》と定義していたという。
長年のフィールドワークから、魚を主食とし、野菜を食べていない村は短命の人が多いことを知っていた近藤博士。それでも長寿を実現している村があると聞き、海に面した崖の上の細い道を伝うようにして歩き、兵庫県の日本海側にある竹野町(現在の豊岡市)に向かった。そこには、宇日・田久日という平家落人村と伝わる集落があった。
実際に集落には畑が見当たらず、博士は当初、長寿村であることに疑問を抱いたが、村民に話を聞いたところ、実は1里(約4km)離れたところに畑を作り、野菜を食べていることが判明した。やはり長寿に野菜は必須ということのようだ。
近藤博士は野菜の中でも、にんじん、かぼちゃ、いも類が長寿のもとではないかと注目し、それらの摂取量を村人らに確認している。
石川県の久常村(現在の能美市)は全国でも珍しく、寿命の男女差が大きかった。聞いてみれば、野菜に不自由しない土地柄ゆえに女性たちは野菜を好き嫌いせずに食べているが、男性は一切、口にしない。ゆえに男性短命、女性長寿の村だったのだ。
理由は「野菜は女の食べ物。食べると他人に笑われるから男は食べない」というもの。その考えの根本には「男の子は立派に大成してもらうために小さなことに構わず育てる」、「女の子はつつましい家庭の主婦にする」という村伝統の育て方があった。博士の調査は、そのように民俗学的側面も備えていた。