2011年の東日本大震災の経験から、災害にSNS、とくにTwitterは役に立つし便利だと知られるようになった。ところが、当時よりもユーザー数が激増したために、適切なリテラシーをもたないまま使い、混乱を広げるケースも多くみられるようになった。7月の西日本豪雨災害の発生時も、不確かなSNS発信や悪意なき拡散が繰り返される構造的問題がはっきりした。ライターの森鷹久氏がレポートする。
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「結局、倉敷の人たちは自分の事たちが優先でしょう。市町村合併から10年以上たって、選挙の時も、街の整備にしても、旧郡部は蔑ろにされてますよ。こうなることはわかってましたよ……」
西日本豪雨で、街の三分の一が水没し、高いところでは深さ5メートルもの水が押し寄せた岡山県倉敷市真備町。7月7日の朝、同地区の少し高い場所にあった松本昭さん(仮名・60代)の家も、近くを流れる小田川が決壊したことで床下浸水した。水道が出なくなり、電気もやがて止まった。
「同居する息子が携帯でいろいろ調べてくれてね、孤立状態だったが自衛隊が来る、全国から消防やら警察さんが助けに来ていると知って、安心していたんです。ところが、いくら待っても、うちの周りには誰も来ない。遠くのほうでヘリが飛んでいるのが見えて、一生懸命手を振るが、やはり来ない。翌日、倉敷の方、広島の街の方には救援隊がたくさん来て、ボランティアまで来ているって記事を見たのに、うちのほうは……」
2005年、松本さんが住んでいた旧吉備郡真備町は、倉敷市への編入合併を経て「倉敷市真備町」となったが、当時から懸念していたことは「真備が蔑ろにされるのでは」という、根拠のない疑いだった。
「市町村合併って、要は財政緊縮でしょう? 若い者は都会の“倉敷になる”って喜んでいましたが、そうじゃない。真備のカネが倉敷に吸い取られ、倉敷だけで使われるんじゃないか、真備は見捨てられるんじゃないか、と」
市町村合併後、旧真備町役場の職員たちが減らされたり、毎年のように行われていた川の護岸工事、山々の整備などの公共事業が“ゴッソリなくなった”と主張するが、旧真備町役場の職員で、現在は倉敷市の臨時職員の男性( 仮名 ・五十代)は、松本さんの主張を「あまりにオーバー」と否定する。