映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・秋野太作が喜劇論や喜劇役者論について語った言葉をお届けする。
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『男はつらいよ』での渥美清との共演や『必殺』シリーズ、『俺たちの旅』での自ら計算しての三枚目役などを通して、秋野太作は自らの喜劇論・喜劇役者論を確立してきた。今回はそこを存分に語ってもらっている。
「普通の芝居は、努力すれば誰でもできるんだよ。でも、喜劇をやりましょう、この人物を喜劇的に演じましょうとなったら、できない人が必ず出てくる。
その違いは、客観性があるかないかじゃないかな。自分の演じる感情や心理に一生懸命になる俳優もいるし、見た目に一生懸命になる俳優もいるし、技術に一生懸命になる俳優もいる。
だけど、それだけでは喜劇はできない。主観と客観の二つの目線が必要なんだ。それは、『ズレ』が分かること。そこが分かっていないと、笑いは生まれない。本人は一生懸命にやっているのに、客観的に見るとおかしい。そのズレが分かんないで主観的にだけやっていると、面白味って出てこないんだよ。一生懸命だけど、もう一つの目線では突き放していないとね。
だから、喜劇を演じるというのは、悲劇を演じることでもあるんだ。一生懸命やっているのに客観カメラで見たらおかしくてしょうがないんだから。
そこを間違えて、すぐに面白いことをしようとする俳優がいるんだよ。面白いことを考えて、面白いことを言ったり、こけてみたり。でも、そこには悲劇性がないと笑えないんだ。そこまで読み込んでいないと」