【著者に訊け】一條次郎氏/『ざんねんなスパイ』/新潮社/1850円+税
「物語の舞台は、“日本”ではなく〈ニホーン〉になっています。〈郊外だけでできている街〉のがらんとした様子とか、自分には今の日本がこんなふうに見えるという部分も入ってはいるのですが、現実とはちがった架空の世界―という感じでもあるので」
一條次郎氏の新作『ざんねんなスパイ』の主人公は、〈太平洋西岸の多島海国、ニホーン政府当局〉で長年清掃員を務め、73歳にして市長暗殺の大役に抜擢されたコードネーム〈ルーキー〉。
〈歴史に名を残した“有名スパイ”よりも、だれにもその存在を知られずに任務をまっとうして引退したスパイのほうが、はるかに有能なスパイにちがいないのだ〉と初任務に励む彼は隣家の住人にうっかりコードネームで挨拶してしまう残念な男でもあり、しかも〈市長を暗殺しにこの街へやってきたのに、そのかれと友だちになってしまった……〉。
そんな老スパイが巻き起こす〈へんてこで妙ちきりんな大騒動〉は、一見滑稽でいながら、私たちが生きる「今」を確実に写し出す。
「目立たないようにしていなければいけないのに、いろいろ騒動がおきて注目されてしまう……という困った状況を描いたら面白いかもしれないなと。そう思ったのが、今回の物語を書くきっかけでした。そういう状況で一番困るのはどういう人だろうと考えていくうちに、“重大な任務のために、静かに潜伏していなければいけないスパイ”という設定が浮かんできました」