「異常ありません」と、医者から告げられたのに、実際にはすでに体は病に冒されていた──。「見逃し誤診」は、患者の人生を一瞬にして暗転させる。“きちんと診察や検査を受けている”と安心している人ほど、受けるショックは大きい。それが命にかかわる病気であれば、取り返しがつかないこともある。悲劇はなぜ起きるのか。防ぐ術はないのか。ジャーナリストの岩澤倫彦氏がレポートする。
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「えーっ! そうだったのか、ひょっとしたら私の見逃しかなと思いましたよね。やっぱり人間の目は100%じゃありませんから」
胃がん検診の精密検査でスキルス胃がんを見逃した、都内の医師は、取材に対してこう言った。その言葉のあまりの軽さに、筆者は全身の力が抜けた。
受ける側にとっては、人生を左右する重大な検査だ。一方で、担当する医療者の中には、一人の命がかかっているという切実さに鈍感な者も存在する──。
轟哲也さんは早稲田大学理工学部出身。大手電機メーカーに勤務後、特許関連の事務所を経営していた。
酒やタバコもやらず、ジムに通い詰め、50代でありながら水泳選手のような筋骨隆々の体型を維持していた。本人曰く「健康オタク」。だから、住まいのある渋谷区のがん検診は毎年欠かさず受けていた。国が推奨するバリウム検査である。