「お父さんの介護は1年ほどと長くなかったですが、“迷惑をかけたから”と寝たきりになったお父さんに付き添い、トイレの世話もしていました。近くで仕事があれば10分でも実家に立ち寄り、ヘルパーや看護師を手配するため、映画やドラマだけでなくバラエティー番組にも出演して月100万円ほどの介護経費をすべて負担していました。お母さんにも同じように尽くさねばと思ったのでしょう。着替えや食事など日常生活の世話を真面目にがんばりすぎてしまった」(前出・知人)
介護の始まりは、ちょうど松坂が還暦を迎えた年でもあった。気力と体力が衰えを見せるなか、介護と仕事の両立にさらに疲弊した。
松坂の母は要介護3の認定を受け、認知症の進行も認められて自力で日常的な行動ができなくなっていた。移動時も車イスのため、自宅玄関には車イス用のエレベーターが取り付けられている。
「仕事をしなければ家計はまわらないが、夫にすべてを押し付けるわけにはいかない。地方が長い仕事は避けるなど制約をつけながら、がんじがらめになっていってしまった」(前出・知人)
そんな苦しい状況で出合ったのは一冊の本だった。
「安藤サクラさんの母親である安藤和津さん(70才)が書いた『オムツをはいたママ』(2004年)という介護の本でした。和津さんの母親は脳腫瘍から認知症が進行し、日夜を問わず排泄処理や入浴の世話が必要だったうえ、認知症特有の感情の爆発で和津さんをなじることも多かったそうです。一時は介護うつで引きこもり状態になった経験から、著書で“介護をひとりで背負うことはない”と訴えていました」(芸能関係者)
その本を読んだ松坂は、張り詰めた気持ちが楽になり、ふっと肩の荷が下りたという。
《つらいときは疲れたと言っていい。助けてくれる人がいれば頼っていい。それで介護する側も元気になって、笑顔の時間を増やす。それが大切なんですよね》
3年前、松坂は新聞のインタビューでこう語っていた。
「ずっと介護のつらさを抱え込んでいた松坂さんは、“人に任せることは大切”と気づき、積極的に介護サービスを使い始めました。今では自宅には常時お手伝いさんがいますし、松坂さんの収録が詰まっていたり、高内さんが仕事で地方に行く場合は、ローテーションでヘルパーさんに来てもらったり、訪問入浴サービスなどを組み合わせて介護の負担を分担しています。
チーム介護に切り替えてから松坂さんの心身の状態も上向いたようです。『まんぷく』の撮影現場で松坂さんは、“あなたのお母さんのご本のおかげで助かったわよ”と恩人の娘であるサクラさんに笑顔で話しかけていました」(前出・ドラマ関係者)
※女性セブン2018年10月25日号