【書評】『大江健三郎全小説3』/大江健三郎著/講談社/5000円+税
【評者】大塚英志(まんが原作者)
『政治少年死す』が収録されたにも拘わらず世間の本書への反応は静かだ。いわゆる「保守」論壇が大騒ぎするのかと思ったがほぼ黙殺に等しい。webで全文が海賊版で読める状態だったとはいえ『政治少年死す』が雑誌初出後、初めて単行本に収録されたにも拘わらず、である。何故なのか。
その静けさは、改元を控えながら立案されたサマータイムが天皇の権能である時の管理権に手を出したように見えたり、膝を折って被災者に耳を傾けるふるまいも含め、安倍晋三は意図して天皇を装っていると、怒る旧派の右翼もいないことと重なり合う。
『シン・ゴジラ』が皇居の前で凍結し、皇居に向けて世界中から核ミサイルを突きつけられて日本が生きていくという結末が物議を醸し出さなかったのも、そもそもあの映画の世界観が「天皇のいない日本」だからとどこかに書いた記憶がある。この無反応さはだから天皇の不在とまで行かなくても極端な希薄化の反映だ。
『政治少年死す』の封印が解かれた時、そこにあるのはもはや天皇でなく、サッカーや外国人の日本スゴイでひどく単純に高揚される「日本」なのだから文学と軋轢を起こしようもない。そもそも大江を含め戦後文学が天皇を問題としたのはそれが差別のヒエラルキーの頂点と見なされもしたからだが、天皇が希薄化する替わりに、天皇ではなくヘイトによってこの国は根拠付けられている。