【書評】『動物たちの内なる生活 森林管理官が聴いた野生の声』/ペーター・ヴォールレーベン・著/本田雅也・訳/早川書房/1600円+税
【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)
森の動物たちに「内なる生活」があるのだろうか。人間と同様の恐れ、悩み、怒り、よろこび、あるいは嘘をついたり、ホラを吹いたり、予告したり、妬んだり、悲哀に沈んだり……。
ドイツの森林管理官は巡回中に動物たちの行動をつぶさに見てきた。老いたシカは不機嫌になり、口やかましくなる。老いたウマは重い体を起こすことの不安から、横向きに眠らなくなる。高齢のメスヤギは「静かに死んでゆく」ために、みずから群れから離れていった。
この森の番人は、よく見て、こまかく観察して、何よりも目の記憶をもとにして考えた。動物学者のしたり顔した学説などに足をとられない。証拠がないと反論されても動じない。動物たちは全身で生きており、その英知がどうして文書化されなくてはならないのか? 死んだ動物の姿勢が、何ものにもまして「おだやかな死」の証言役だ。
スイスのジュネーヴで狩猟が禁止されて以来、スイスのシカやイノシシたちの行動が変化した。「夜行性」であるはずの彼らが昼間でも現われる。おとなりフランスの仲間たちにも変化がみまった。狩りの始まりを告げる笛がひびくと、やにわにイノシシたちが水練の名手になる。ローヌ川の岸辺をスタートして、大挙してジュネーヴ側へと移っていく。