映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・岸部一徳が、音楽から俳優に転じたときに所属した事務所にいた、樹木希林さんとの思い出について語った言葉をお届けする。
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岸部一徳は一九六〇年代末から七〇年代初頭のグループサウンズ全盛期にザ・タイガースのベーシストとして活躍していた。その後、PYG、井上堯之バンドを経て、ザ・タイガースのメンバー・沢田研二が主演する久世光彦演出のテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』(七五年、TBS)に出演。俳優としてのキャリアをスタートさせる。
「音楽のやり始めがね、友達同士で楽器をやって、という軽い感じの延長線上だったもので、果たして音楽をちゃんとできているか考え始めた時期だったんです。なぜかといったら、井上バンドにいる井上堯之さんとか大野克夫さんは音楽を勉強しているんですよ。
それに対して、僕は努力や勉強をしてきたのかなと思い、才能がどこにあるのか考えるようになって。それで一年くらい悩んで、辞める決心をしました。その先は考えず、とにかく音楽を一回捨てよう、と。
ちょうどその時、沢田さんが主演した『悪魔のようなあいつ』というテレビドラマがあって、僕はその主題歌とか劇伴をやっていて。久世さんに『ちょっと出ないか』と言われて、『やくざA』みたいな役で出ました。
久世さんに『僕はもう音楽をやめるんです』と話したら、『それなら俳優をやれば』と勧めてくれて。そこから俳優人生が始まったということです。だから、俳優を目指したとか、やりたい、とかということの前に『音楽をどう辞めるか』というのがあったんですよ」
久世は岸部に、樹木希林と大楠道代の二人がいる事務所を紹介。岸部は面接を受けてそこに所属することになる。