【書評】『イザベラ・バードを鉄道でゆく 新にっぽん奧地紀行』/芦原伸・著/天夢人/1600円+税
【評者】川本三郎(評論家)
明治初頭に来日し、東北、北海道を旅したイギリスの探検家、紀行作家イザベラ・バードについては近年、さまざまな作家が書いている。人気が高い。
本書は、明治十一年、約二か月に及ぶバードの旅を辿る。一般に日本人の旅は未開の地には行かない。芭蕉の「おくのほそ道」の旅を辿る旅のように、先人が旅したところに行く。著者は『旅と鉄道』の編集者をつとめた。それだけにバードを辿る旅は鉄道の旅になる。
当時、四十七歳になるこの女性が旅した時にはまだ東北や北海道には鉄道はない。バードは大小さまざまな街道を歩いた。その後、鉄道が発達してゆくのだが、鉄道の多くは街道に沿って建設された。だから現在、バードの旅を辿るには鉄道の旅がいい。
東京から日光、会津、新潟、米沢盆地、そして北海道へ。著者はさまざまな鉄道に乗る。東武鉄道日光線、同鬼怒川線、野岩鉄道、会津鉄道、さらに米坂線、奥羽本線、弘南鉄道、北海道に入って函館本線、室蘭本線、日高本線と鉄道を乗り継ぐ。
鉄道の旅でこその発見がある。バードは山形県の置賜地方を旅し、その田園の美しさを「アルカディア(理想郷)」と絶讃したが、著者は奥羽本線に乗って赤湯―中川間を走る列車の車窓から眼下に置賜の緑野を見て、これこそが「アルカディア」だと納得する。こういうことは鉄道、それも普通列車に乗らないと分からない。