広島は来季、鈴木誠也が背番号1を背負うことを発表した。かつて古葉竹識(1959~1969年)、山崎隆造(1983~1993年)、前田智徳(1994~2013年)とチームの顔が身に付けた番号を託す格好だ。3年連続3割、25本、90打点以上を挙げ、押しも押されもせぬ4番に成長した鈴木に対する期待度がうかがえる。野球担当記者が話す。
「選手にとって、背番号はもう1つの顔でもある。以前は名選手が引退するとその選手がつけていた背番号を永久欠番にするチームも目立っていたが、近年は主力が育ったら、大事な番号を明け渡すチームが増えてきた印象です。選手は球団の期待を感じることができますし、伝統はこうして引き継がれていくのでしょう。
今回の広島の鈴木誠也の『1』はその好例でしょうし、同じ『1』ならヤクルトもそうです。同番号は、1989年の若松勉の引退時に永久欠番化も検討されましたが、その番号にふさわしい選手が出てきたら受け継いで行く方針となり、池山隆寛、岩村明憲、青木宣親、山田哲人とチームの顔が背負う番号になっています」(以下同)
一方で、重みのある番号を新人や外国人に背負わせるチームもある。横浜は、“大魔神”と呼ばれた佐々木主浩が1999年限りでメジャーリーグに移籍すると、それまで佐々木がつけていた「22」は、新外国人のベタンコートに引き継がれた。しかし2000年、ベタンコートはわずか1勝に留まり1年で退団。翌年には新人の吉見祐治が『22』を受け継ぎ、2004年に佐々木が横浜に復帰するまで同番号を背負ったが、その期待の大きさに十分応えるには荷が重かったかもしれない。
巨人は、2002年限りで松井秀喜が去って以来、空き番号になっていた「55」を2009年に入団した新人の大田泰示に与えたものの、5年で返上することに。巨人時代に目覚ましい活躍はできなかった。