時代の空気を読む。国の向かい先を見る。それは政治家ではなく、優れた文学者の仕事である。「ディストピア小説」について、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏と思想史研究者・慶應大学教授の片山杜秀氏が語り合った。ここでは、まず、自民党衆議院議員の杉田水脈氏が『新潮45』8月号で書いた「LGBTには生産性がない」論文が言及された。
佐藤:格差や失業などの社会問題解決を目指し、国家の介入によって国民を統合するしかない現在の日本を果たして政治家は認識しているのか。杉田の発言をみていると怪しい。その点、今も昔も文学者はそうした時代の空気を読み取る力を備えている。たとえば、窪美澄の『アカガミ』(河出書房新社・2016)がそう。
片山:『アカガミ』では住まいも、食事も、健康も、さらにはセックスもすべて管理するアカガミ制度を実施する近未来が舞台となっている。アカガミで召集し、子供の生産を国がコントロールしていくという点では杉田発言に通じますし、ファシズムに対する問題意識もあらわれていますね。
佐藤:しかも生まれてくる子供は国家のものになるはずなのに、左手の指が1本多いために不適格にされる。これはドイツのナチズムに象徴される優生思想です。LGBTを巡る議論でも、ネット上で杉田の言説を応援する人の中に障害を持つ人やマイノリティを排除する優生思想が認められます。
片山:芥川賞を受賞した『コンビニ人間』(文藝春秋・2016)の村田沙耶香の作品にも優生思想が投影されていますね。
佐藤:『コンビニ人間』の主人公は同棲相手を浴室で飼育し、洗面器でエサを与える。さらに主人公は、立ち寄ったコンビニで頼まれてもいないのに、身体が自然に動き出して、勝手に働きはじめる。あの気持ち悪さが面白かった。