引きこもりが大きな社会問題になったのは平成に入ってからだろうか。当初、私(評論家・川本三郎)など病気ではなく文学的比喩と思っていた。徐々に実態が分かってきて現代に特有な病いだと認識するようになった。
新人監督、野尻克己の「鈴木家の嘘」は、四人家族の長男(加瀬亮)が、引きこもりになり、その果てに自殺してしまうところから物語が始まる。残された家族はその事態にどう対処すればいいのか。
長男は社会人になってから周囲との人間関係がうまくゆかなくなり、自分の部屋にこもるようになった。母親(原日出子)は心配してなんとか会話をしようと試みるが、部屋にいる長男は答えてくれない。
父親(岸部一徳)はいい精神科医がいると知り、長男を連れてゆこうとする。しかし、長男は途中、車から飛び降り、暴れる。「俺は病気じゃない! 狂ってなんかいない!」と泣いて訴える。父親は無力感に襲われる。
大学生の長女(木竜麻生)は兄にいらだち「甘えるな」「生きてる意味ないんだから死ねば」ときついことを言ってしまう。兄の自殺のあと、そのことを後悔する。
つらい話ではあるが不思議なことに随所に笑いがある。というのは。長男の死に衝撃を受けた母親は一時的に記憶喪失になってしまう。そこで父親と長女、それに親類(岸本加世子、大森南朋)が相談し、母親にこれ以上、衝撃を与えないように、嘘をつくことにする。長男は生きていて遠くアルゼンチンで仕事をしていると。善意の嘘である。
母親のために家族みんなで必死に嘘をつく。その無理がユーモアを生んでゆく。そして観客は気づく。生き残った者たちを力づけるのは笑いなのだと。