現在の「ディストピア小説」は敵が内側にあるが、1970年代、1980年代に流行したディストピア小説は、第三次大戦やソ連の侵攻によって出現していた。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏と思想史研究者・慶應大学教授の片山杜秀氏が、時代や国によるディストピアの違いについて語り合った。
佐藤:そこで思い出すのが石原慎太郎の『亡国』(角川書店・1982)です。
片山:あれは傑作です。政府与党の対米独立派の策動をきっかけに、日米同盟が揺らぎ、日本は戦争なしでいつの間にかソ連の属国になる。ソ連化する一段手前には真逆ですが右派のクーデターが起きて、共産党の幹部が自衛隊に殺害される場面さえある。
佐藤:政治的リアリティの背景には、東西冷戦によるソ連侵攻や核戦争に対する危機感があった。
片山:『亡国』が刊行されたのは1980年代初頭、米ソ冷戦が最後に激化してゆく時期ですね。日本では左翼がまだ強く、『亡国』は日本の左翼が手先になってソ連が日本を内部崩壊に導く筋立てです。とにかくその頃からソ連が日本に侵攻し、この国が非常時に陥る小説が増えた。それをパロディにしたのが、筒井康隆の『歌と饒舌の戦記』(新潮社・1987)です。
佐藤:今年2月に刊行された古川日出男の『ミライミライ』(新潮社・2018)はその系譜を継いでいるのではないですか。
片山:第二次大戦後、北海道がソ連に占領され、本州以南がインドと連邦国家になっているというポリティカルなパラレルワールドが展開される物語でしたね。