【著者に訊け】堀江敏幸氏/『傍らにいた人』/日本経済新聞出版社/2000円+税
朧げな記憶の中に浮かぶ数々の文学作品と、それを時を経て読み返す作家との、これは行くあての知れない対話にして、一篇の小説といってもいい書評集である。
堀江敏幸著『傍らにいた人』は、約1年に亘る日経新聞での連載をまとめたもの。例えば國木田独歩『忘れえぬ人々』に言及した冒頭の一篇「傍点のある風景」にこんな一文がある。
〈目の前をあっさり素どおりして気にもとめていなかった人の姿が、なにかの拍子にふとよみがえってくることがある〉〈思い出されてはじめて、なるほどその折の景色のなかに目立たない傍点が打たれていたのだと気づかされるような影たちと、何度も遭遇してきた。ただし、現実世界ではなく、書物の頁の風景のなかで〉
そうした影たちと再会すべく、独歩から安岡章太郎、内田百間や藤村や芥川へと、氏の〈連想〉と再読の旅は微かな残像を元に頼りなく進む。その受け身で芋づる式な手つきは、自身の創作姿勢や文学という営みそのものとも深く関わっていた。現在、早大文学学術院で文芸演習の講義も受け持ち、「書くために読め」と説く氏は、〈連想というものはつねに足し算であって、引き返す術がない〉と書く。
「何のインプットもなしに自分だけの言葉が湧きだすなんて幻想にすぎません。先人の仕事を二次的、三次的に〈変奏〉してきたのが文学の歴史だと思います。その土台にあるのが、読むことです。ただ、僕の場合はそれが系統的にならない。書物と書物が芋づる式に繋がっていく。冒頭を独歩で始めたからこの並びになっているわけで、別の作品から始めていたら全く別の色合いに染まったでしょうね。連想の流れに一貫して受け身なのは、生来の性格です(笑い)」