カヌーの日本代表候補選手だった鈴木康大(33)が、ライバル選手のドリンクボトルに禁止薬物を投入したことを告白し、前代未聞のスキャンダルが発覚したのは、2018年が明けて間もない時期だった。
福島県二本松市の山中に位置する新興住宅地には発覚当時、多くの報道陣が集まったが、鈴木の妻・綾香さん(31)は生まれたばかりの乳幼児を含む3人の子どもと共に、喧騒を逃れていた。
あれからおよそ1年。鈴木家には明るい子どもたちの笑い声が響いていた。しかし、ここに今、家長である鈴木の姿はない。鈴木と同じく元カヌー選手で、北京五輪にも出場した綾香さんが話す。
「離婚したわけではありません。元選手で、1度は引退した主人の復帰を応援した私にも責任がありますし、別れたからといって事件が消えるわけではない。彼ひとりに罪を負わせるのではなくて、一緒に罪を償う。いつか信頼を取り戻すことができたら、また一緒に暮らしたいと思っています」
こうして綾香さんが、夫のことについて口を開くのは、事件後、初めてのこと。いくら山深い田舎町とはいえ、事件が明るみに出てから好奇の目を向けられてきたはずだ。しかし、彼女は現実から目を背けることなく、今も夫と共同経営をしていたスポーツジムのインストラクターを務め、夫のやったことと向き合う日々を送っている。
指導者や団体幹部によるパワハラや後輩選手に対する暴力事件など、数多のスキャンダルが勃発した2018年のスポーツ界だが、この事件が異質なのは、ライバル選手を蹴落とすための愚行だったことだ。個人競技であれ、団体競技であれ、他者との競争によって成立するスポーツの世界で、ライバルをおとしめるために事件を起こしたスキャンダルは、実は稀だ。
思い出されるのは、1982年の協栄ジム・金平正紀会長(故人)が、相手陣営に薬物入りのオレンジジュースを飲ませたとされる“毒入りオレンジ事件”や、1994年のリレハンメル冬季五輪の直前、トーニャ・ハーディングがライバルを襲撃したとされる“ナンシー・ケリガン襲撃事件”(2018年に、『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』という映画にもなった)ぐらいではないだろうか。