執筆開始から37年。芥川賞作家・宮本輝氏(71)の自伝的大河小説「流転の海」が、昨年10月刊行の第九部『野の春』(新潮社刊)をもって遂に完結した。自身の父親をモデルにした松坂熊吾とその家族が戦後を懸命に生きる物語は登場人物1200人を超える壮大な人間ドラマに成長し、多くの読者がその歩みを見守ってきた。完結直後は高揚して自分で自分を褒め、その後は「流転の海ロス」に陥ったと笑う宮本氏に、作品に込めた想いを伺った。
ライフワークの「流転の海」をどう終えるかは、第七部『満月の道』を書いた時点ですでにイメージができていたと宮本輝氏は語る。
「最終巻の『野の春』を書き終えたのが昨年の4月6日。気がつけば頭にあったラストの5行を書いてたんです。『。』を打って、『あれ? 終わったがな』(笑い)。それでようやく『流転の海』が完結したとわかって、『すごい! やった! ついにこの日が来た』と感慨がこみあげてきました」
主人公の松坂熊吾は宮本氏の父、妻・房江は母を、一人息子の伸仁は宮本氏自身をモデルにしている。50歳で初めて長男を授かった熊吾が、息子の成人を見届け、71歳で亡くなるまでの波乱に富んだ人生を描く。当初は全3巻の予定が構想は膨らみ、全9巻、400字7000枚の大長編に成長した。一家にかかわる登場人物は1200人以上。34歳から書き始め、擱筆(かくひつ)したときは奇しくも父が亡くなった71歳になっていた。
「体が弱く、『20歳まで生きられない』と言われた僕が、37年間も健康で小説を書き続けられたことに感謝したい。5巻を過ぎた頃から、未完に終わるかもしれないというプレッシャーがきつかった。未完では読み続けてくれた読者にあまりにも申し訳ない。なんとか責任を果たせて、『宮本くん、君はえらい』と自分を褒めました(笑い)」
「やった! 終わった!」と夫人に伝えたが、あいにく夕飯の支度中で「いま火を使ってるから後にして」と言われてしまう。支度が終わる頃合いで改めて報告、2人で「完結」を祝った。