【書評】『月夜に傘をさした話 正岡容単行本未収録作品集』/正岡容・著/幻戯書房/5500円+税
【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)
正岡容(まさおか・いるる/一九〇四~一九五八)の一巻本全集(『正岡容集覧』仮面社、一九七六年)が出たのは四十年以上も前のことである。もうこれで十分という読者の一方で、ほかにあるなら、もっと読みたいという読者もいた。その「もっと」の組にうれしい贈り物である。
タイトルになったのは三ページたらずの小品で、二十三歳の作。月夜の宵の人ごみで、「いおうようなき錯覚的行動のショックにムラムラッとかられ」、皓々と照る月光をあびながら番傘をひらいて歩き出す。風変わりな話であって、正岡容の人と作品をよく示している。
まるで場ちがいな二つあるいは三つを結びつけて、物語をつくった。シュルレアリストの手法だが、正岡容自身はシュルレアリスムを学んで実行したわけではない。落語、浪曲を中心に、大衆芸能に深い知識・見識をもち、その上で江戸・開花期明治をモダニズムに結びつけ、物語にした。
生・没年からわかるように、ひどい時代に生きた。二十歳になるかならぬかで文壇にデビューして、さてこれからというときに関東大震災で首都圏が壊滅した。帝都復興のにわか景気のあと、すさまじい不況が襲ってきて、新進作家などはじきとばされ、大阪で噺家の卵をしていた。尊敬する永井荷風と同じく、軍人がのさばる世の中にあって、徹底して反時代的に生きた。「……ひとり、いるときは、おろおろ、おろおろ、涙がながれた」