今年5月の改元を前に、皇室内で大きな動きがあった。昨年11月30日に公開された誕生日会見で、秋篠宮が大嘗祭の費用について「宗教色が強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか」と発言した。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、「天皇の宗教性を守りたい官邸と皇室の対立の構造が露わになった」と見る。また思想史研究者・慶應大学教授の片山杜秀氏は「物言わぬ天皇をいただき、憲法改正が実現すれば、明治国家に戻れると考えている」と指摘。両者が皇室と日本について語り合った。
佐藤:ここで問題となるのは、戦前からの連続性を守ろうとする政権が諸外国からどう見られるかです。たとえば、ナチス第三帝国と現在のドイツ連邦の連続性はまったくないと思われているでしょう。
では、大日本帝国と日本はどうか。少なくともトランプの登場以前、アメリカは安倍首相を戦前とのつながりを強調するナショナリストだと警戒していた。
片山:一方でアメリカ人の家庭教師の元に学んだ今上天皇は、自らの宗教性を廃し、戦後民主主義を体現しようとした。だから「譲位」を選ばれたと思うのです。これは個人の印象ですが、昭和天皇の場合は大喪の礼という宗教儀礼によって、神の方に近づかれた。今上天皇はそれを避けたいと思われているのではないでしょうか。
佐藤:そう思います。だから政権との対立はなおさら深くなる。もう1つ国内政治に目を転じれば、保守とリベラルに生じた天皇を巡るねじれが、この問題を大きくしている。
片山:かつては左翼の人々は、天皇が民衆と触れあうと「天皇制を維持するためのパフォーマンスだ。象徴なんだから大人しくしておけ」と批判した。でもいまどき天皇制を廃して共和制に移行すると訴えてもリアリティがない。だから野党は政権と対立する天皇を担ぎはじめた。まさに天皇に相乗りしている状況です。