『まんが日本昔ばなし』(TBS系)の、あの木訥として穏やかで、耳元で語りかけるような独特の優しい声。「むかーし、むかし、あるところに…」。その声は、1980年代を生きた日本人に、いつも懐かしい故郷を思い起こさせた。
名女優・市原悦子さん(享年82)は、最期まで、そんな「声」にこだわり、女優魂を燃やし続けていた。
「最後に会ったのは、入院される直前の昨年11月半ばのことでした。都内マンションの自宅にお邪魔したんです。市原さんは車椅子だったんですけど、いつも通りに口は達者で、体調を尋ねると、“げんきよ~”と笑い声にもハリがありました。相変わらず、聞き惚れるような“声”でした」(市原さんの友人)
2年ほど前、「自己免疫性脊髄炎」という難病に侵された市原さんは、手足が動きづらくなり、麻痺や感覚障害に苦しんだ。それを境に、映画やドラマなどの映像の世界から姿を消した。
活動休止期間は1年4か月に及ぶ。しかし、「もう一度、私の声をお茶の間に届けたい」という情熱は決して消えなかった。
「発症後は、あまりしゃべらない時期が続き、声帯も細くなったようです。市原さんは“声を出さないでいると、声は縮んで小さくなっちゃうのよ”と、友人を自宅に招いてはおしゃべりに花を咲かせ、おおげさなぐらい大きな声で笑っていました。一緒に歌をうたうこともあった。そうして、再び声を取り戻していったんです」(別の友人)
病院で懸命にリハビリをしても、足が言うことを聞かない。立ち上がれない。女優としてスポットライトを浴びてきた市原さんにとっては、そんな姿を見せるのは、複雑な思いもあっただろう。それでも震える手で、歪んだ文字でも構わずに、多くの友人たちに手紙を書き、「また会いに来てね」と綴った。
そして、念願の復帰を果たす。昨年3月からNHK番組『おやすみ日本 眠いいね!』内のコーナー『日本眠いい昔ばなし』を担当した。市原さんがこだわり続けてきた「声」で出演した。日本人に故郷を思い出させる、あの声のままだった。
「市原さんの強い希望での復帰でした。とはいえ、NHKまで収録に出てこられない。それならばと、異例のことですが、自宅収録を行いました。録音スタッフが機材を持って市原さんの自宅を訪れ、最初の数回は自宅のベッドの上でパジャマのまま、体を起こして朗読を収録しました。そのうち、車椅子に座って収録をするようになりました」(芸能関係者)