1月16日、第160回芥川賞・直木賞の受賞作が発表された。実はその発表のほぼ同時刻に、本好きたちや出版界の注目を集める“もうひとつの文学賞”が発表され、話題になっている。その名も「新井賞」──。
新井賞とは、三省堂神保町本店(東京都千代田区)勤務の書店員・新井見枝香氏が立ち上げたもので、第1回が始まったのは2014年7月。一会社員でもある新井氏が社内で企画し、芥川賞・直木賞と同様、半年に一度、一作品を選びTwitterで発表してきた。選考基準はきわめて明快で、「その半年で一番面白かった本を独断と偏見で選び、ひとりで勝手に表彰する」(新井氏)というものだ。
これまでの受賞作には、千早茜・著『男ともだち』(第1回)、早見和真・著『イノセント・デイズ』(第2回)、芦沢央・著『貘の耳たぶ』(第6回)など、ロングセラーとなっている作品が並び、辻村深月・著『朝が来る』(第3回)、角田光代・著『坂の途中の家』(第4回)など、受賞後に映像化された作品もある。
回を重ねた今では、「他の数ある文学賞よりも、書店での売り上げが大きい作品に育つこともあり、今や『新井賞』は立派な文学賞」(都内出版社の営業担当者)と言われるほど、影響力の大きい賞となっている。
そして、このたび第9回目を迎えた新井賞の受賞作となったのが、コミックス『ダルちゃん』(はるな檸檬作、全2巻)だ。同賞初となる小説以外の選出に、SNS上では「さすが新井賞、面白い!」「毎回いい意味で裏切られる」「変化球すぎるけど納得」と、発表直後から本好きを中心に様々なコメントが飛び交っている。
『ダルちゃん』は、24歳の派遣OLが主人公の作品。彼女が、周囲から浮かないように人の意見に同調して生きる姿を「擬態」と表現し、刊行時から女性読者を中心に多くの共感を呼んでいた。新井氏は小説ではない『ダルちゃん』を受賞作に選んだ理由を次のように語る。
「最初に読んだときに『これは、はるなさん、すごい本を出しちゃったな』と思いました。とにかく、この半年で一番好きな作品だったし、新井賞に選ぶことは悩みませんでした。これを越えるものにはそうそう出会えない、そう思える作品でした。
私は普段は小説を読むのが好きで、絵で表現するまんがは、目から入る情報が多いぶん、どちらかというと想像力を狭めてしまっていると思っていました。でも『ダルちゃん』はそんなことはなくて、絵でしか表現できないこともあるんだって、あらためて感じさせてくれました。作中に描かれた人物の表情から何かを読み取ることは人間にしかできないことですし、この作品を読むことは文芸作品に近い読書体験でした。この本を必要としている人に、長く届けていければいいなと思っています」