「今回の騒動を知って最初に感じたのは、“児相のイメージってそんなに悪かったんだ…”という驚きです。世の中の人の、児相という施設や、そこを利用する人たちに対する正直な反応や意見を知るきっかけになりました」
絞り出すようにこう言って、漫画家の上野りゅうじんさん(38才)は深いため息をついた。上野さんは小学生の頃、シングルマザーだった母親が体を壊し、長期の治療が必要になったことで、児童相談所(以下、児相)の一時保護所で過ごした経験を持つ。
「当時は母親から突然、『離れて暮らそうか』と言われて、衝撃を受けたまま入所しました。物心ついたばかりで急に親と引き離され、漠然とした不安を抱えたまま、見ず知らずの子供たちと共同生活を送るのは本当に大変でした。だけど、親や子供は幸せを求めて児相に来るし、職員のかたがたも家族が幸せになってほしい一心で懸命に支援する。児相は『子供とその家族がより幸せになるための希望がある場所』だと思っていたので、今回の騒動はとてもショックでした」(上野さん)
精神科医として33年間、児相の子供たちと接してきた名越康文さんも「悲しい、の一言」と肩を落とす。
「日本はひと皮めくったらこういう世論の国なのかと、情けなさを通り越して、ただただ悲しい。もちろん現状は一部の人の声がクローズアップされすぎているとも思うのですが、結局日本人の本音は『自分さえよければそれでいい』というものだったのかと思うと、ちょっと暗澹たる気持ちになります」(名越さん)
騒動から1か月以上が経過し、新しい年を迎えた今も多くの人の心に禍根を残す今回の騒動は、一体何を示唆しているのだろうか。
◆チャラチャラした店ができるより、よほど安心できる
「なぜこの一等地に!」
「この地域にそういった施設は難しいんじゃないでしょうか」
「この辺りのランチ単価、知っているんですか?」
耳をふさぎたくなるような怒声がメディアを通じて全国に流されることになった事の始まりは、2017年11月。
プラダ、グッチ、コム デ ギャルソン――高級ブランド店が並ぶ東京・南青山の一角にあった約1000坪の国有地を港区が約72憶円で購入したのだ。さらに約32億円をかけて「港区子ども家庭総合支援センター(仮称)」を建設し2021年4月の開設を目指す、一大プロジェクトであることを発表した。施設には児相のほか、子育て相談などができる「子ども家庭支援センター」や、養育が困難な母子家庭が入居する「母子生活支援施設」が併設予定であることも明らかになった。
それから約1年後の2018年10月、施設建設のために港区が開いた説明会で、反対派の住民が区の担当者に猛然と噛みついた。この様子がテレビのニュースで流れると、反対派住民を非難し、自制を促す人も少なくなかった。
だがその2か月後に開かれた6度目の説明会でも反対派住民は、「南青山は自分でお金を稼いで住むべき土地」「児相の子供が地域の学校に通うなら、格差を感じてつらい思いをする」などと一歩も引かず、さらなる炎上を招く。こじれるばかりの騒動は、一向に収束の兆しを見せない。