【書評】『鶴見俊輔伝』/黒川創・著/新潮社/2900円+税
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター教授)
鶴見俊輔は、私の知るかぎりまったくえらぶらない人だった。謙虚だというわけではない。そういった範疇はこえている。むしろ、自身をくさすことに急な人だった。自分はひどい男なんだ。とんでもない悪人なんだ。そんなことを言いだす時に目がかがやき、いきいきとして見えたことを、おぼえている。
しかし、世のいわゆる巨悪とくらべれば、思想家鶴見の悪などたかが知れている。私じしん、面とむかって当人に、そうつげたこともある。だが、鶴見はこういう物言いをうけつけない。けっきょく、この人は自分の悪を見つめることが好きなんだと、若造の私はきめつけた。
鶴見がべ平連の運動をささえたことは、よく知られる。その京都事務局長を父にもつのが、著者の黒川創である。幼いころから、ツルミ先生の姿はよく見てきた。晩年にいたるまで、そのいとなみをたすけている。鶴見をよく知る人物による、これは本格的な評伝である。もしこの本に難点があるとすれば、著者と鶴見の距離が近すぎることぐらいだろうか。