昨年9月に亡くなった樹木希林さん(享年75)の「言葉」が空前のブームとなっている。名言を収録した書籍は次々とベストセラーになり、その生き方に共感する人々が増えているのだ。なぜ彼女の言葉は支持されるのか。本誌・週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』で、樹木さんにロングインタビューした映画史・時代劇研究家の春日太一氏が「男にも響く言葉」を選んだ。
* * *
その飄々としたキャラクターから、樹木希林さんについて「人を食ったよう」「斜に構えたひねくれ者」というイメージを持っている方も多かったようです。
ですが、私はまったく違う印象を受けた。彼女はどんな時も、どんな相手にも、真っ正直に向き合っている。どこまでもストレートに答えた結果が、質問者にとって時に毒になったり厳しいものになるだけなのです。
彼女はお世辞や社交辞令のような「うわべだけのやりとり」を嫌う。手土産や差し入れも「要らない」と決して受け取りません。そんな彼女の言葉を異質で失礼なものと感じてしまうようなら、それはこちらのほうが世間体や常識に囚われているのかもしれません。
インタビューは素晴らしいものでした。これまでたくさんの俳優に話を聞いてきましたが、照れもあって若き日の努力を語りたがらない人は多い。しかし希林さんは、文学座演劇研究所で「役に立った指導」を熱心に教えてくれました。それは柔軟体操。いかに体から力を抜くか──彼女が晩年見せた自然体の演技のルーツがそこにあったと語ってくれたのです。
また、印象深かったのがこの言葉。
【日常を演じるのは大変ですよ。そのためには自分を俯瞰で見て、普段の面白いことを感じていかないと】
彼女はそれを森繁久彌さんから学んだといいます。戦争をくぐり抜けてきた森繁さんと違って、豊かな時代に生きている自分たちは人間の幅がなかなか広がらない。だからこそ日常が大切な学びの場なんだと。そのために当たり前のことを当たり前にやっていく。
だから希林さんは移動には電車を使います。マネージャーも付けず、自分でスケジュールを管理する。そういう生き方を大事にされている。俳優の岸部一徳さんも、彼女に感銘し、それを実践していたそうです。