『ダルちゃん』をご存じだろうか。資生堂のウェブサイト「ウェブ花椿」で、2017年から約1年にわたり連載された、漫画家・はるな檸檬さんのコミック作品(全2巻)だ。
はるなさんは、『東京タラレバ娘』などで知られる漫画家・東村アキコさんに師事し、これまで主にコミックエッセイを描いてきた。宝塚歌劇団の熱狂的ファンの姿をコミカルに描いた作品や、妊娠・出産・子育ての不安や体調の変化を、一児の母としてリアルに描いた作品などが知られる。しかし今回初めてギャグを封印し、ストーリー漫画に挑戦。その作品が話題を呼んでいる。
主人公のダルちゃんこと、派遣社員の丸山成美(24才)は、本当の自分を押し殺し、周囲と足並みを揃えて“普通”に生きている。日々感じる生きづらさに耐えつつ、幸せとは何かを模索し、詩を創作することで希望を見出していく…、という物語だ。
20代女性に向けて描かれたこの作品は、多くの人の共感を呼び、ウェブでの連載中には、14の出版社が単行本化をオファー。ウェブでの連載を終えた2か月後の2018年12月に、異例の速さで単行本が発売された。そして今年1月、読書家の中では「芥川賞や直木賞より影響力がある」とされる文学賞「新井賞」を受賞したのだ。
今回は、この新井賞受賞を記念し、作者のはるなさんと新井賞創設者の、三省堂書店書店員・新井見枝香さんとの対談を実現。なぜ、選ばれたのか。『ダルちゃん』が心にしみる理由をひもとく。
新井賞は、新井さんが2014年に創設した。半年に一度、“いちばん好きな”作品を、芥川賞・直木賞と同日にツイッター上で発表している。たくさんの本に触れる現役の書店員が、本当におもしろい作品を選んでいるとあって、その影響力は大きく、受賞作は毎回ベストセラーになっている。
一体なぜ今回『ダルちゃん』は選ばれたのだろうか。新井さん本人にうかがった。
◆詩を書くとはどういうことなのか
新井見枝香さん:実は正直、どの登場人物にも共感はできなかったんです。ダルちゃんみたいなタイプの人間はよく見かけるけれど、私自身は違うので。でも、“この本が好き”という感情が湧き出てしまって、授賞を即決しました。この作品には、詩を創作する女性の葛藤が描かれているんですが、“普通の人間”にとって、詩を書くって特別なことじゃないですか。創作の葛藤なんて、理解しがたい感情だと思っていたんです。でも、ダルちゃんの、表現することへの覚悟に対し、説得力を感じました。
はるな檸檬さん:ありがとうございます。そもそもこの連載は、資生堂の花椿さんから、“ウェブ掲載用に、20代女性に響く作品を描いてください”というオファーで始まりました。私のこれまでの作品は、実体験を基にしたギャグ漫画ばかり。今回もその予定だったんですが、思いがけず初めてのストーリー漫画になりました。