東京・神保町にある三省堂書店神保町本店の書店員・新井見枝香さんが2014年に創設した「新井賞」。半年に一度、“いちばん好きな”作品を、芥川賞・直木賞と同日にツイッター上で発表する。受賞作は毎回ベストセラーなるなど、影響力も大きい新井賞だが、今回「第9回新井賞」を受賞したのがはるな檸檬さんのコミック作品『ダルちゃん』(全2巻)だ。すでに10万部を突破した。
主人公のダルちゃんこと、派遣社員の丸山成美(24才)は、本当の自分を押し殺し、周囲と足並みを揃えて“普通”に生きている。日々感じる生きづらさに耐えつつ、幸せとは何かを模索し、詩を創作することで希望を見出していく…、という物語だ。
20代女性に向けて描かれたこの作品は、多くの人の共感を呼び、ウェブでの連載中には、14の出版社が単行本化をオファー。ウェブでの連載を終えた2か月後の2018年12月に、異例の速さで単行本が発売された。そして今年1月、読書家の中では「芥川賞や直木賞より影響力がある」とされる文学賞「新井賞」を受賞したのだ。
結婚、出産、仕事、介護…人生における分岐点の多い女性は、誰もが日常の中に多くの悩みを隠し持つ。普通の毎日こそがドラマの連続なのだ。では、“普通”とはなんなのか。その点にスポットを当て、話題になっている作品が『ダルちゃん』以外にもあると、少女マンガ研究者のトミヤマユキコさんは言う。冬の長い夜、ゆっくり読んでみませんか?
普通じゃないと幸せになれないのか──。
『ダルちゃん』は、普通になじめないことに苦しみ、本来の自分を隠して“普通の女の子”に擬態することで、幸せをつかもうとするOLを主人公にしている。しかし、「普通の人なんて、この世に一人もいないんだよ」という知人の言葉をきっかけに、普通こそが幻想であることに気づかされ、多くの読者の心をつかんでいる。これに対し、少女マンガ研究者のトミヤマユキコさんは、“これこそ今、主流になりつつある考え方なのでは”と指摘する。
「高度経済成長期以降、日本人の多くが、“普通がいちばん”“普通こそが幸せ”と信じ、普通を目指せばOKと思っていました。しかし今や、普通が特別になってしまったんです」(トミヤマさん・以下同)
ここ数年は格差社会と呼ばれ、長年勤務しても給料は上がらず、まじめに働いても普通とされる生活水準に届かなくなった。普通の定義が崩れたのだ。
「多くの人が当たり前のようにやっていることをマネすれば幸せになれた時代ではもうないんです。周りに迎合するのではなく、自分の価値基準を持ち、どんな時代にあっても“自立”することが大切なんだとみんな気づき始めた。それが“ダルちゃんブーム”の背景にあるように思います」
そして、あらゆる角度から“普通とは何か”を描いたマンガ作品が注目されるようになったという。