ライフ

平穏はないし、みじめさもない、「老いを受け入れる」小説

 一九三二年生まれの黒井千次の新作『流砂』は老いを描いている。この小説にも、老いの平穏はないし、といって老いのみじめさもない。ごく自然なこととして老いを受け入れる落着きがある。

 語り手は「息子」。七十代になる。東京都外と思われる住宅地に妻と住む。子供は家庭を持っている。孫がいる。「息子」と同じ敷地内には、九十代になる「父」と「母」が暮している。老いの家族である。

 老人には未来はない。過去が大事になる。どんな人生を生きてきたのか。年を重ねるほど老人にとって過去が重要になる。

「息子」は「父」の過去を知りたくなる。「父」は検事をしていた。戦前、「思想検事」と呼ばれる、「思想犯」を取調べる仕事をしていた。「息子」はそのことを最近になって知った。戦前、思想、言論の自由がなかった時代に、父は「思想犯」を取締った。戦後の民主主義の時代に育った「息子」にとって父の過去は名誉あるものではない。

 それでも、「思想検事」として「父」は何をしたか知りたい。老いた「父」と「息子」。それぞれにとって、未来よりも、それぞれが生きてきた過去が大事になるのだから。

「父」の老いと「息子」の老いが次第に接近、対立、ときに融和してゆく。親子二代の老いを描く小説というのは珍しい。高齢化社会ならではだろうか。

「息子」は「思想検事」だった「父」をただ責めようとしているのではない。「父」が生きた戦前という時代を考えようとしている。たまたま知り合った老女性が、自分と同じように「思想検事」を父に持っていたことを知って親近感を覚える。

関連キーワード

関連記事

トピックス

中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
X子さんフジ退社後に「ひと段落ついた感じかな」…調査報告書から見えた中居正広氏の態度《見舞金の贈与税を心配、メッセージを「見たら削除して」と要請》
NEWSポストセブン
ロコ・ソラーレが関東で初めてファンミーティングを開催(Instagramより)
《新メンバーの名前なし》ロコ・ソラーレ4人、初の関東ファンミーティング開催に自身も参加する代表理事・本橋麻里の「思惑」 チケットは5分で完売
NEWSポストセブン
中居氏による性暴力でフジテレビの企業体質も問われることになった(右・時事通信)
《先輩女性アナ・F氏に同情の声》「名誉回復してあげないと可哀想ではない?」アナウンス室部長として奔走 “一管理職の職責を超える\"心労も
NEWSポストセブン
濱田淑恵容疑者の様々な犯罪が明るみに
【女占い師が逮捕】どうやって信者を支配したのか、明らかになった手口 信者のLINEに起きた異変「いつからか本人とは思えない文面になっていた」
週刊ポスト
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
「スイートルームの会」は“業務” 中居正広氏の性暴力を「プライベートの問題」としたフジ幹部を一蹴した“判断基準”とは《ポイントは経費精算、権力格差、A氏の発言…他》
NEWSポストセブン
大手寿司チェーン「くら寿司」で迷惑行為となる画像がXで拡散された(時事通信フォト)
《善悪わからんくなる》「くら寿司」で“避妊具が皿の戻し口に…”の迷惑行為、Xで拡散 くら寿司広報担当は「対応を検討中」
NEWSポストセブン
男性キャディの不倫相手のひとりとして報じられた川崎春花(時事通信フォト)
“トリプルボギー不倫”4週連続欠場の川崎春花、悩ましい復帰タイミング もし「今年全休」でも「3年シード」で来季からツアー復帰可能
NEWSポストセブン
騒動があった焼肉きんぐ(同社HPより)
《食品レーンの横でゲロゲロ…》焼肉きんぐ広報部が回答「テーブルで30分嘔吐し続ける客を移動できなかった事情」と「レーン上の注文品に飛沫が飛んだ可能性への見解」
NEWSポストセブン
佳子さまと愛子さま(時事通信フォト)
「投稿範囲については検討中です」愛子さま、佳子さま人気でフォロワー急拡大“宮内庁のSNS展開”の今後 インスタに続きYouTubeチャンネルも開設、広報予算は10倍増
NEWSポストセブン
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ
「スイートルームで約38万円」「すし代で1万5235円」フジテレビ編成幹部の“経費精算”で判明した中居正広氏とX子さんの「業務上の関係」 
NEWSポストセブン
「岡田ゆい」の名義で活動していた女性
《成人向け動画配信で7800万円脱税》40歳女性被告は「夫と離婚してホテル暮らし」…それでも配信業をやめられない理由「事件後も月収600万円」
NEWSポストセブン
現在はニューヨークで生活を送る眞子さん
「サイズ選びにはちょっと違和感が…」小室眞子さん、渡米前後のファッションに大きな変化“ゆったりすぎるコート”を選んだ心変わり
NEWSポストセブン