その瞬間、おふたりとも、はにかんだような笑顔を浮かべられた──。昭和天皇の長男として生まれ、極限の苦悩と想像を絶する責任を双肩にのせ、孤独の道を歩かれてきた天皇陛下。いつもその隣に寄り添い、共に歩まれてきた皇后美智子さま。
《皇太子妃、皇后という立場を生きることは、私にとり決して易しいことではありませんでした》と、美智子さまは昨年10月、84才の誕生日に際した文書で、そう述懐された。
おふたりは、天皇皇后というお立場での30年間という長い歩みを、ほどなく、終えようとされている。
2月24日、天皇陛下御在位30年記念式典(国立劇場、東京・千代田区)での陛下のおことばは、退位儀式中をのぞいて、国民に直接語りかけられる最後の機会だった。陛下は時折、声を震わせながら、語られた。
おことばが始まって、5分半が過ぎた頃だ。美智子さまが陛下に近寄られ、お声をかけ、腰をかがめて御机の上を探し始めた。陛下のおことばが止まった。会場内の人々は、固唾をのんで見守る。中継放送を見る全国の国民もそうだった。
次の瞬間、「どうも、失礼」と陛下が、穏やかな笑顔を浮かべられた。下を向かれていた美智子さまも、優しく微笑まれた。おことばが続く。
その笑顔は、ご夫妻の以心伝心の信頼の表れであり、長いお務めを締めくくられる安堵であり、おふたりの自然体の表情だった。
おことばの中で、陛下は涙声で国民への感謝の思いを語られた。多くの国民はその時、こう思ったのではないか。「おふたりが天皇皇后でよかった」と──。
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式典前日の23日、皇太子さまが59才の誕生日を迎えられた。先立つ21日、新天皇即位前、皇太子として最後の会見に臨まれた。
《雅子には、これまで、私や愛子のことにもいろいろと良く心を配り、私の活動を支えてきてくれています。私も、できる限り力になり、雅子を支えていきたいと思っております》
「新しい天皇皇后像を感じた会見でした」と語るのは、元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんだ。
「陛下は“皇后に支えられた”ということをよくおっしゃいます。『私』よりも『公』を重んじ、常に自分を律してこられた陛下を支えることに人生をささげた皇后陛下。それが陛下に対する皇后陛下の愛の表現なのでしょう。
雅子妃殿下は“皇太子殿下を支える”とともに、ご自身の“生きる道”として皇室に嫁がれたのだと思います。それは皇太子殿下も望まれたことでしょう。今回、“雅子を支えていきたい”とおっしゃったことに、天皇と皇后というよりも、夫と妻という関係を感じました」