【書評】『日産自動車 極秘ファイル2300枚 「絶対的権力者」と戦ったある課長の死闘7年間』/川勝宣昭・著/プレジデント社/1600円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
カルロス・ゴーンが日産を私物化する10数年前、日産は自動車労連会長の塩路一郎によって長らく私物化されてきた。23万人の組合員の頂点に君臨する首領は、現場の「人事と労務管理の実権」を押さえ、気に入らなければ平気で生産ラインを止めた。
信じられないことだが、思考停止に陥っていた経営陣は、そんな塩路を処分することもできず、逆に噛みつかれると、「ただうなだれて聞いているだけ」。経営不在の時代が続いていたのである。
貧しい家庭に生まれ、生活のために「ラジオ修理屋、ダンス教師など、いくつかの職業を渡り歩き」、明治大学法学部夜間部を卒業し、26歳で日産に入社した塩路が「学歴偏重の日産において」伸し上がれたのは、強烈な学歴コンプレックスと異常なまでの権力欲、金銭欲が原動力となっていた。
面子を保つためなら、社運をかけた海外事業計画にも難癖をつけ、進出のタイミングを遅らせた。「生産性は低落し、競争力で競合相手に水をあけられ」ても、塩路は涼しい顔で、会社は滅んでも組合は残ると豪語したという。労連の年間予算「約一六億円」から引き出した交際費で銀座や六本木のクラブを飲み歩き、週末には豪華ヨットで、愛人たちとクルージングを満喫するなどやりたい放題だった。