世の女性がファッションや生き方に以前ほど肩肘を張らなくなったのは、思えばいつの頃からだったろう。真っ赤な口紅に肩パッド、そして大きな帽子がトレードマークだった人気作家が、1993年夏、52歳の若さで亡くなって26年。島崎今日子著『森瑤子の帽子』は、華やかなイメージや虚像ばかりが先行しがちだった作家の実像に多くの証言で迫った渾身のノンフィクションだ。
前作『安井かずみがいた時代』(2013年)でも島崎氏は高度成長からバブルに至る時代を活写し、ことに女性が自立を切望した転換期を鮮やかに切り取ってみせた。
その渦中に森もまたおり、38歳の時、〈夏が、終ろうとしていた〉という印象的な書き出しで始まる初小説『情事』ですばる文学賞を受賞。3人の子育てに追われる〈ミセス・ブラッキン〉から主婦羨望のアイドル・森瑤子に転身を遂げた彼女は、一方で家族にすら言えない孤独を抱えてもいた。
「『情事』が出た1978年当時、私はまだ20代。それでも話題の本をリアルタイムで読みましたし、イギリス人の夫と美しい3人の娘をもつ彼女の私生活は当時、誰もが知るところでした。
元々私は自分が最も多感な時期に見た1960~1980年代の風景や女性の意識の変化に興味があり、安井さんの次は誰を書こうかと思った矢先、森さんと個人的にも親しかった山田詠美さんが、『島崎さんが森さんのこと書きなよ』と言ってくれて。
ただ私は彼女を作品でしか知らないし、10人に聞いたら10通り、真実ってあると思うんです。私自身、昨日はAと言ったのに今日はZと言ったり、矛盾した真実の集合体が人間だと思うので、予断は極力挟まず、証言やディテールをモザイク状に積み上げる中に一つの像が浮かぶよう心がけました」