そのころ母も、自身の認知症に戸惑い、激昂したりふさぎこんだり。おそらくストレスは最高潮だったはず。一緒にいてもあまり口をきかず、気持ちもすれ違っていた。
「Mさん(母)、スポーツなどはお好きですか?」と、指導員に聞かれると、母はパッと顔を明るくして、「ええ、大好きよ。散歩とか」と、どんどん参加者の輪の中に入って行った。
散歩はスポーツじゃない!私は心の中で舌打ちし、外面のよい母へのいら立ちを必死で抑えて見学席に座った。
「では、腕を天に向かって上げてみましょう!」と、指導員が元気に両腕を上げてみせると、高齢の参加者たちも、これは簡単とばかりに上げた。見ていた私もつい、上げた。
首や肩がコキッと鳴り、久しぶりに背筋が伸びた。すると目の前がサッと明るくなった。緊張していたはずはないが、何か縛りがほどけたような感じがしてスーッとさわやかな空気が鼻から入ってきたのだ。
「あ~っ」と思わず声が出そうな快感だった。空気がおいしい! 久々の感覚だ。少し間をおいて気づいた。また息が止まりそうだったところへ、腕を上げたことで空気が肺いっぱいに流れ込んだのだ。悪夢から覚めたような安堵感と、ちょっとうれしい気分になった。母を見ると、やはり機嫌がよさそう。久しぶりに目を見合わせて笑った。
※女性セブン2019年3月28日・4月4日号