「名刺、カメラで撮っていいですか、失礼でなければ……」──取材の開口一番、その男は控えめな口調でそう言った。
「Googleレンズというアプリを使って名刺を写真に撮ると、テキスト化されてすぐにメールを送ることができるんです」──その言葉と共に、渡した名刺が筆者の手に戻ってきた。受け取った名刺を管理するために後でデータ化する人は多いが、その場で写真に撮って返してくる人は初めてだ。いきなりのカウンターパンチ。彼への興味は否が応でも高まる。
ほどなくして筆者のスマホにメールが送られてきた。件名は「立川こしらです」だ。こうしておけば、相手はメール履歴から検索できる。カレンダーアプリと連動させておけば、自分は「あの日会った人の名刺」を簡単に探せる。なるほど、だ。
立川こしら──稀代の落語家、立川談志が創始した落語立川流の真打である。1996年、21歳のときに、立川志らくに入門。今年1月に上梓した初の著書『その落語家、住所不定。~タンスはアマゾン、家のない生き方』が好評で、“家を持たないライフスタイル”と型破りな芸風が、にわかに世間の注目を集めている。一体、どんな日常を過ごしているのかが知りたくて、話を聞いた。
「行動パターンは月ごとに全然違っていて、仕事は独演会や一門の落語会などをメインに、各種イベントやラジオにも出演しています。仕事の後、関係者と深夜まで飲んでそのまま泊めてもらうこともあるし、そうしたお誘いがなければビジネスホテルを探します。基本的に移動は睡眠時間に充てています。飛行機や新幹線、ビジネスホテルの予約も、タクシーを呼ぶのもすべてスマホで完結しています」(こしら氏、以下同)
落語家にとってほぼ唯一の商売道具といっていい着物は、レンタルコンテナに保管しているという。何十着とある中から必要な時に選んで取り出し、持ち歩く。それ以外に本当に必要なものは、スマホとモバイルバッテリーとそれをつなぐケーブルぐらいのもの。バックパックひとつで行動するから、名刺の一枚すら“受け取らないほうがいい”わけだ。