子供が親の虐待によって死亡する──そんな信じられないような事件が相次いで報じられる時代に、血のつながりがない親たちに愛情を注がれ、大切に育てられた女の子が主人公の小説『そして、バトンは渡された』(文藝春秋)がこのたび、第16回本屋大賞を受賞した。読むたびに、心があたたかくなり、自分もこうありたいと胸が熱くなる──こんな小説、読んだことがなかった! 『そして、バトンは渡された』の著者である瀬尾まいこさん(45才)に話を訊いた。
本屋大賞の候補になっている間、てっきり自分は落選したものと思っていたそうだ。
「担当編集者が用事でメールをくださるたび、『本屋大賞は縁と運ですから』とか、『候補作はすごい作品ばかり』とか書いてこられるので、この人は結果を知っていて慰めてくれてるんだな、ショックを受けないように言ってくれてるんだなと思ってました。なので受賞と聞いて驚きました」
実家のある奈良で、4才年下の夫と5才の娘と3人で暮らす。旦那さんは、ふだん本も雑誌も読まないそう。
「『本屋大賞とったで』と伝えたら、ネットで検索して、『すごいやん。めっちゃ面白い本ってこと? 俺も読むわー』って言ってました。でも読んでません(笑い)」
受賞作『そして、バトンは渡された』の主人公は17才の高校生優子だ。優子には3人の父親と2人の母親がいて、今は20才しか年の離れていない森宮さんと一緒に暮らしている。実の父親の再婚相手が、父親と離婚した後に結婚して離婚した相手だ。
「この本を書いたきっかけ? きっかけは出版社の人に書けって言われたからですけど、そういうことを聞いておられるんじゃないですよね(笑い)。すみません、私、インタビューに答えるのがすごい下手で」
言葉を選びながら、ゆっくりぽつぽつと答えが返ってくる。穏やかな瀬尾さんの言葉が強くなったのは、子供の虐待のニュースに触れたときだ。
「ひどい。ああいうのは虐待なんかじゃない、家庭内殺人だと思います。本当に腹が立ちます。でも、小説を書いている間、私の頭にそういうニュースがあったわけではないです」
もともと、こういうテーマで書こう、こういうメッセージを伝えよう、と書き始めるタイプではないという。
「ただ、今回の話は珍しく、書いているうちに、ああ、私はこういうことが書きたかったんだなとわかってきました。はじめは優子の側から、血はつながっていなくても愛情を注がれるのはすごく幸せだと思って書いていたんですけど、だんだん、愛情を注ぐ側に寄り添うようになって。自分が親になったこともあるかもしれません。愛情を注ぐあてがあるのは、もっともっと幸せなことだなあと思いながら書いていました」
◆子供も生徒も同じように大事でかわいい
血のつながらない親たちや、アパートの大家さんからもたっぷり愛情を注がれて、優子の健やかさ、芯の強さは育まれる。瀬尾さんは元教員で、中学校で働いていたときこんな経験をした。