新元号「令和」の出典としてブームになっている万葉集。古典だからさぞや敷居が高いのかと思いきや、「万葉集には現代人が読んでも甘美で官能的な色香が感じられる歌が多くある」というのが、古典エッセイストの大塚ひかり氏だ。(以下、カッコ内は大塚氏)なかでも大塚氏が注目するのは、「人妻」について詠んだ歌だという。
「万葉集には人妻の歌が14首もあります。万葉集が編纂された7~8世紀当時の人妻観は、今の我々とかなり近い。許されざる欲望の対象として、そそるように悩ましげに詠われているのです」
象徴的な作品が、次の歌だという。
〈比登豆麻(ひとづま)と あぜかそを言はむ 然らばか 隣の衣を 借りて着なはも〉
(大塚氏による現代語訳・人妻になぜ触れたらいけないのか。隣の着物を借りて着ないというのか)
「これは東国人が詠んだ歌で、人妻に対する欲情を堂々と全肯定していますよね。要するに、『隣の家の着物は借りられるのだから、奥さんだって借りたっていいじゃないか』という感覚です(笑い)。
日本固有の文字がない当時、和歌や地名など日本独自の言葉は漢字の音による当て字で書かれています。人妻を『比登豆麻』と音で書いているのはこれが日本固有の熟語であった可能性を示すのではないか。現代中国でもセクシャルな意味での“人妻”という言葉は日本からの輸入語という認識だそうです」