韓国人がみずから誇り、その自尊心を大いに高める言葉がある。「漢江の奇跡」だ。これは朝鮮戦争で焼け野原となった後の1960年代~1980年代にかけて、韓国が著しい発展を遂げ、先進国並みの水準に追いつくまでの経済成長を表した言葉である。日本で言うところの「戦後の高度経済成長」とよく似ている。
ところが、「朝鮮日報」日本語版(2019年4月25日付)の記事〈韓国小学校教科書から消えた「漢江の奇跡」〉によると、今年3月に小学校で使用され始めた社会科教科書から、その記述が削除されたというのだ。改訂前の教科書には、「この期間(産業化の期間)に経済が急速に成長した韓国は、世界の多くの国から漢江の奇跡を成し遂げた国と言われた」と書かれていたが、そっくり消えているという。
韓国の小学校は全教科で「国定教科書」が使われている。つまり、韓国中の小学生が今後、社会科の授業で「漢江の奇跡」という言葉を学ばないことになる。
自国が豊かになった歴史を教科書からあえて削除するというのは、いかにも韓国らしくない。元朝日新聞ソウル特派員で韓国に詳しいジャーナリストの前川惠司氏はこう分析する。
「文在寅政権の基本は『反日』と『保守政権の否定』です。漢江の奇跡は、李承晩政権から朴正熙政権までの保守政権の時代に進んだ経済発展を指すので、それを歴史から消し去りたいということでしょう。文在寅大統領にとって、韓国の歴史とは左翼政権の金大中大統領の誕生(1998年)から始まったものなのです」
一方で、朴槿恵前大統領の父・朴正煕は歴代大統領のなかでもっとも韓国国民に慕われている大統領と言える。韓国ギャラップが成人約2000人を対象に行なった2015年の調査では、「国をもっともうまく率いた大統領は誰か」との問いに、44%が朴正熙と回答し、ダントツのトップだった。さまざまな韓国メディアが似たような調査をしているが、その多くで1位は朴正熙である。しかし、文在寅大統領が掲げる「積弊清算(保守政権の下で定着した制度や政策、慣習などを見直し修正すること)」では、保守政権そのものを否定する傾向が強く、その功績までもが消されようとしている。