政府が、働き方改革・少子化対策の一環として「子連れ出勤」を後押しすると表明して、議論が噴出している。ワーキングママからは歓迎する声が上がる一方、「周囲の効率が下がる」といった意見も出ている。その「子連れ出勤」に関する議論で、昭和から平成はじめにかけて大きな話題になったのが、「アグネス論争」だ。1988年の新語・流行語大賞(流行語部門・大衆賞)を受賞した「アグネス論争」は、知らない世代も増えている。論争の渦中にあったアグネス・チャン氏が当時を振り返り、「令和」時代の子育てについて語った。
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3人の息子を産み育て、長男・次男は社会人、三男は大学4年生になりました。カナダで長男を出産してから33年――振り返れば私の子育ては、世間を騒がせた「アグネス論争」から始まりました。
1985年に結婚して、翌年に長男を出産。当時はテレビのレギュラー番組を複数抱えていたので、出産後から子連れで仕事を続けたところ物議を醸し、その是非をめぐって大論争となりました。その頃は歌手でも女優でも、子供を産んだらキャリアは終わりと考えられていた時代に、「子連れ出勤」は大胆で目新しく映ったのでしょう。家庭に入って家を守り、夫を支え、子供を育てることが女性の模範的な生き方とされていた中で“結婚もしたい”“子育てもしたい”“仕事もしたい”と考えて行動する私はよく「欲ばり」だと批判されました。
でも私はただ歌手のアグネス・チャンとして仕事で必要とされるなら期待に応えたい、母親として精一杯子育てをしたいと思っていただけ。歌と子供は関係ないと考えていたので、論争が起きて「エッ、そういうこと!? 知らなかった!」と愕然としました。
もちろん、夫からもテレビ局からも子連れ出勤の了承はきちんと得ていましたが、1986年に男女雇用機会均等法の施行が始まったばかりで、まだまだ女性が社会で働くことに理解は乏しかったんですね。世間の風当たりは強かった。それは男性からだけではなく、女性からも同様でした。
「私たちは結婚や出産を機に家庭に入ったのに、なぜあなたはその模範的な生き方を壊すの?」
「アグネスが正しいなら、働いていない私は輝いていないの?」
など、女性からもそれぞれの立場から不満が噴き出したんです。一方で、「アグネスは極端な例かもしれないけれど、女性も好きなように生きていく権利があるはずだ」と擁護してくれる声もありましたが、残念ながらごく少数でした。