今年で来日25年を迎えたゾマホン・ルフィン氏。ビートたけし氏の付き人にして元ベナン大使という異色の経歴を持つ。1990年代後半に『ここがヘンだよ日本人』でデビューし、日本のテレビ界を席巻した外国人タレントでもある。
そんなゾマホン氏が、母国ベナンで日本の国会にあたる国民議会の選挙に出馬しようとしたところ、命が脅かされるほどの事態に直面したという。
1990年以降、選挙による政権交代が繰り返され、アフリカ諸国のなかでも“民主主義が根付いている”と見られていたベナンで、一体何が起きているのか。命からがら日本に戻ったゾマホン氏に話を聞いた。
「4月28日はベナンの国民議会選挙の投票日でした。それまでの数か月、私は野党FCBEの候補者として出馬するため、ポスターやパンフレットを作り、自分の選挙区に加えてベナン各地を遊説して回りました。ところが投票日の3週間前になって、野党は政党としての資格を剥奪され、選挙に参加できなくなったのです。選挙に出たのはタロン大統領を支持する2つの政党の党員だけでした」
日本でアルバイトをしながら上智大学大学院で学んだ1990年代当時から、「日本とベナンの架け橋になりたい」との志を持ち続けていたゾマホン氏。タレント活動を始めてからも、私費を投じ、募金を集めてベナン各地に小学校を設立したり、貧しい村々に井戸を作るなどの教育支援・人道支援を続けてきた。
それらの功績が認められ、2002年にはベナン国民栄誉賞を受賞。2004年には大統領特別顧問に就任し、2012年には駐日ベナン大使に任命され2016年まで務めた。今や母国でゾマホン氏を知らぬ人はいないほど、国民的人気を集めている。そんなゾマホン氏の動向は、野党支持者だけでなく、与党支持者からも注視されていたという。
「野党FCBEを率いるヤイ・ボニ前大統領から国民議会選挙への出馬の打診があったのは昨年のこと。師匠であるビートたけしさんのOKをもらって決意を固めました。
ベナンでは昨年11月頃から私が選挙に出馬するとの噂が立ち、国中に知られることに。今年1月29日に帰国するまで、私の携帯電話に知らない相手からも『いつ帰ってくるのか』『いまどこにいるのか』との電話がひっきりなしでした」
ベナンで待ち受けていたのは、ゾマホン氏の支持者ばかりではなかった。帰国当日の深夜、事件は起きた。