老姉妹猫「トラ」と「ミケ」が切り盛りするどて屋「トラとミケ」を舞台に描かれる美味しいコミック『トラとミケ いとしい日々』(ねこまき作)が、このたび発売になった。女性セブンでの連載時にはモノクロだったものが単行本化にあたってフルカラーになり、その淡く美しい色遣いも相まって、早くも話題沸騰。『孤独のグルメ』原作者の久住昌之さんはこの変わり種グルメ漫画をどう読んだのだろうか?
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いやー、面白かった。
ほのぼの。と、言うのとも違うな。
のんびり。ともちょっと違う。
のんき、が近いかな。
ひと言では、とても表現できないんだけど、なんとも言えず、おもろい。そう、すごく、おもろい。
「おもろい」という言葉の響きには、切なさや悲哀や涙の倍音が、ちょっぴり混ざっている。そこが「おもしろい」とはほんの少し違う。「トラとミケ」は、ほんまに、おもろい。
ボクは、たまたま最近大阪にライヴをしに行って、大阪の街を歩いて、うどん屋に入ったり、飲み屋に寄ったりしてきたので、なんだかこのマンガの空気感、言葉のテンポが、生々しく心地いい。
もう寅さんはいない。寺内貫太郎も、樹木希林も、植木等もいない。みんなおもしろかった。
このマンガには、平成の世が30年かけて叩きつぶしてデジタル化してしまった、庶民の日常と人情が、鮮やかに描かれてる。二人の猫が、ムクムクでコロコロで、おばあちゃんというのに実にかわいいのは、現実の猫と一緒だ。
だがこの作家の力は、実は背景にある。自宅や、店の中の描写がすばらしい。
静かで、正確で、あたたかみがある。
いや、「あたたかみ」なんてテキトーな表現をしてると、後半の蒸気機関車の描写に、横っ面を引っぱたかれる。柔らかい鉛筆で描かれたものなのに、鉄の質感と重量感とみっしり感が、ズシンと伝わってくる。昔のかき氷機も、その魅力が、ありのままに描かれていてタマラナイ。
カメラアングルも、まるで小津安二郎の映画のように、しっかり計算され、落ち着いている。描くのが難しい、狭い店内や列車の中も、作者の目玉は自由自在に動き回って、描写している。
この背景の中に棲んでいるからこそ、トラとミケは活き活きと動き回り、するりと読者の心の隙間に入り込んでくるのだ。
どて屋の食べ物の、どれもこれもおいしそうなこと。この店に、ボクは行きたい。夏の明るいうち、店が開いたばかりのところに入って、どて煮をアテに、ビールを飲みたい。
ここの常連さんたちの会話を、聞くともなく聞いていたい。あと、お銚子を一本飲んで、長居しないで帰る。