「安心安全だけやないんですね。自転車で走っていると、今日は風が強いなぁとか、花の甘いにおいがするなとか…近所の人と話す機会も増えたりして、車をやめていろんなことに気がつくようになりました」
笑顔でそう話すのは、今年2月に運転免許証を返納した大畠信雄さん(78才)。
大畠さんは和歌山県紀美野町で妻(76才)とふたり暮らし。近所に娘(46才)家族が暮らしている。製鉄会社を定年まで勤め上げた傍ら、息子(49才)が中学2年生時に統合失調症を発症したことがきっかけで『和歌山県 精神保健福祉家族会連合会』を設立。同会の副会長として、患者だけでなく当事者家族の支援のため、相談や勉強会、講演などの活動を続けている。趣味は家庭菜園とスキーで、自らを健康優良児ならぬ「健康優良爺」と称するほど、病気知らずのアクティブな日々を送っている。
大畠さんが暮らす紀美野町は和歌山県北部に位置し、人口1万人弱、町の総面積の75%を森林が占める緑豊かな町。バスは朝夕が30分に1本、日中は1時間に1本。最寄り駅まではそのバスに揺られて25分、片道510円かかる。1人1台の自動車保有が当たり前で、高齢者比率が約44%の同町には(全国平均は約27%)、紅葉マークを付けた車が多く、大畠さんも例外ではなかった。
「現役時代、通勤は車。車の免許を持っていない家内の外出時の送り迎えやスーパーの買い物、入院している長男の面会や外泊時の送り迎え、家族会の活動など、返納まではほぼ毎日のように車に乗ってました」(大畠さん・以下同)
そんな大畠さんが返納を考えたのは1年前のこと。
「夕飯のあとやったかなぁ。なんでもない時にね、妻がふと『免許返納したら?』って言うたんです。サラッとそう言われて、『え!? なんで? なんでぼくが?』って。ショックでそれ以外の言葉が出なくて」
というのも、運転には自信があったからだ。29才で免許を取得して以来、半世紀近く無事故無違反のゴールド免許。前回の免許更新時に受けた高齢者講習では100点に近い点数で合格していた。
「高齢者の事故や免許返納のニュースを見ると『(返納を)ぼちぼち考えないかんな~』とわが家でも話題にはしてたんですけど、他人事やったんやね。それだけに、いざ自分が言われた時にさみしさとショックでね。『なんでぼくなん?』って言葉が出てきて。
そんなぼくに妻は『娘からも相談されててね。心配してるのよ』って言うんです。父親は娘には弱いですからね(苦笑)。そうかぁ…と。
『次の更新の時に考えてみてね』って。その時は話はそこまで。そのあと何度か、『考えてみてね』って妻に言われましたね。娘から直接言われたことはなくて、あんまり言うのもいかん、妻とそんな相談してたんじゃないですかね。
妻からそう言われて初めて、家族がどれほど心配していたかと気づきましてね。元気やいうても75才を超えてますからね。それから事故のニュースが気になりだして、友人に相談してみたりするうちに、運転を続ければいずれ自分が加害者になるかもしれない、事故になれば被害者であっても家族に大きな負担をかけると思い始めたんです」