6月18日の昼過ぎ、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(87才)が都内の高級マンションから病院へ緊急搬送され、多くの所属タレントが病院に駆けつけた──。
超人気アイドルを多数抱える芸能事務所のトップにして、そのアイドルたちから尊敬されてやまないジャニー社長。一体、どんな人物なのだろうか。
ジャニー社長の本名は喜多川擴(ひろむ)。1931年、日本人の両親の間に、アメリカ・ロサンゼルスで生を受けた。僧侶である父親は、ロスの一角、日本人街リトルトーキョーにある高野山米国別院の主務を務めていた。
ジャニー社長が2才の時に一家は帰国するが、戦後、ロスに再渡航。1950年、ジャニー社長は父親がロスの寺院につくったステージに日本の芸能人を呼んで公演を行う際、そのサポートをすることで、ショービジネスの世界に足を踏み入れた。
その後、日本に戻ったジャニー社長は、アメリカ大使館に勤務する傍ら、少年野球チームを率い、そのチームのメンバーを芸能界デビューさせる。それが、あおい輝彦(71才)らが所属した4人組「ジャニーズ」だった。
ジャニー社長は歌って踊れるグループにするために彼らをレッスンに通わせ、満を持して、1964年にデビューさせた。ジャニーズ事務所はその2年前の1962年に創業されている。
1968年にはおりも政夫(65才)らが所属する4人組の「フォーリーブス」をデビューさせる。フォーリーブスは、ジャニーズのバックダンサー出身者で、そのフォーリーブスのバックダンサーから郷ひろみ(63才)が誕生している。
「その頃には、スターの後ろで踊っていた少年を次のスターに抜擢するという仕組みを構築した。今や、ジャニーズ事務所以外でも採用されている日本のエンターテインメントの構造は、ジャニーさんが築いてきたといっても過言ではない。ジャニーさんがいなければ、日本のショービジネスは何十年も遅れていたはずです」(芸能関係者)
その功績は「ギネス世界記録」にも認められ、2011年に「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」として、2012年には「チャート1位を獲得した歌手を最も多くプロデュースした人物」としても認定されている。