【書評】『流言のメディア史』/佐藤卓己・著/岩波新書/900円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
根拠のない噂「流言」。人の口から口へと伝わり、あいまいな情報が、いつの間にか真実味をもってしまう歴史は、人間社会の誕生とともに始まったのかもしれない。新聞や放送、出版などの既存メディアに代わって、今日においては、SNSに大量に流れる流言(フェイクニュース)は、圧倒的な速度と量をもって瞬時に拡散し、ことの真実性の検証さえ到底追いつかない勢いだ。
今日のデジタル社会において、SNSなどで流れる言説を批判する声も大きいが、しかしながら新聞も放送も出版も登場したときは「ニューメディア」であり、登場以降、「フェイクニュース」ともいえるものを一気に「拡散」させてきたこともある。
本書は、既存メディアに登場した、流言・デマ・風評・誤報・陰謀論・情報宣伝などのメディア史を通して、その「真実」と、影響を再検証する。さまざまな流言の事例を取り上げていくが、なぜ、流言が生まれ、さらには人々に受け入れられていったのか(もしくは求められたのか)その背景を、深く掘り下げている。なぜならば、〈私たちは「流言」がある世界をまず現実として受け入れる必要があるはずだ〉からだ。
それが、なかなか容易ではないことを本書によって教えられた。例えば、一九三八年にアメリカでのマス・パニックとして知られるラジオドラマ「宇宙戦争」がある。放送直後から全米に「火星人襲来」騒動を引きおこした、というのが通説だ。