当時、世界チャンピオンだった内藤大助とのタイトルマッチ。事前会見で次男・大毅が披露した「お前に負けたら切腹する!」なんてビックマウスは今でも印象に残っている。
イケイケの時代はボクシング界を盛り上げる救世主として持ち上げられた。しかし、内藤戦で土がつく。自分のボクシングができないことにイラついた大毅が内藤にバックドロップ。結果、史郎のセコンドライセンスは剥奪される。
その謝罪会見、スーツ姿の亀田家にかつての勢いはなく、おっさんとヤンチャ坊主がただただ、たじろいでいただけ。振り返ってみれば、炎上するたびにスーツで謝りたがるYouTuberを亀田家は10数年前に先取りしていたのである。共に「いい波のってんね~」の時は無敵、しかし理屈で詰められるとすこぶる弱い。
YouTuberは自身の成り上がりっぷりを物語として提示する。これは亀田家も同じ。そして、共に売るのはパフォーマンス。史郎とYouTuberの親和性は高い。
亀田家バブルが絶頂を迎えた2006年、史郎は『闘育論 亀田流三兄弟の育て方』といった本を上梓。全て関西弁、口述筆記で書かれた奇書である。本書に興味深い描写があった。それは度々登場する「俺はボクシングのことはようわからん」発言。史郎はセコンドとして最低限のテクニック、止血技術も持っていないという。
『闘育論』を読む前は、子供をいかにチャンピオンに育てたかを語る指南書だと思っていた。しかし、多くのページは子供をいかにプロデュースしていくかといった方法論。
史郎が路上で獲得した数々のテクニックも披露される。余談になるが1つ紹介したい。
子供が学校で悪さをし、先生に呼び出される際。1回目の謝罪で許してくれない場合は「反社会勢力の友達を呼びますよ、学校にカチコミにかけますよ」と脅迫するのもアリだと史郎。「子供の前で親は弱い顔を見せてはいけないんや!」といった具合に人を脅すテクニックも満載。ただ『闘育論』はそれだけで終わらない。ちゃんと、当時6歳の姫月に愛らしい弁当を作ってあげるといった心温まる描写も収録されている。
『亀田史郎チャンネル』には、卵アレルギーの姫月に史郎が卵を使わないトンカツを作るといった動画がある。観ればわかる、そこに疑いようのない無償の愛がある。
『闘育論』には「親は子供を育てることによって成長する動物や」とも記載されていた。史郎は三兄弟全員を世界チャンピオンに育てた。その過程で世間の厳しさを学んだのだろう。
成長した現在のNew史郎は、元ヤンチャ、大阪の元ヤンなオヤジへと仕上がっている。「いい波のってんね~」時代に、家族愛以上に前面に出ていた暴力性は激減していた。
亀田家の世界観は梶原一騎の劇画漫画と同じ。2000年代初頭には失われていた不良、根性、男気といった梶原イズムを埋める存在として亀田家は世間に受け入れた。数年後に本格的に怒られ、勢いを失い、飽きられる。そして、 史郎の舞台はテレビからYouTubeへ移った。
今後『亀田史郎チャンネル』が更に人気を獲得するかはわからない。ただ、劇画的漫画世界を愛すファンは一定数いる。
今の史郎は“令和の劇画”にちょうどいい湯加減。現状の良い状態をキープし続ければ、亀田ブランドはそうそう値崩れしないはず。
●ヨシムラヒロム/1986年生まれ、東京出身。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。イラストレーター、コラムニスト、中野区観光大使。五反田のコワーキングスペースpaoで週一回開かれるイベント「微学校」の校長としても活動中。テレビっ子として育ち、ネットテレビっ子に成長した。著書に『美大生図鑑』(飛鳥新社)