6月18日に発売になるや、発売1週間で重版が決まるなど、大きな話題を呼んでいる単行本『トラとミケ いとしい日々』。フルカラーで描かれた猫たちの姿にSNSでは「癒される!」の声、多数。「やっと重版分が入荷しました。でもすぐ無くなりそうです。次はいつ入るかなぁ」とある書店員さんがつぶやくなど、入荷したそばから売れていく人気ぶりなのだ。とりわけ人気となっているのが名古屋。実は作者・ねこまきさんが住む、この漫画の舞台の場所でもある。「名古屋」のプロはどう読むのか。名古屋ネタライター大竹敏之さんが『トラとミケ』の書評を綴る。
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「ぐつぐつ」煮込まれたどての鍋に「じゅわわ」と揚がった串カツを「とぷ」とつける。どて飯の温玉乗せは熱々のご飯を「ほく」と箸で持ち上げる。食欲を刺激する擬音と合わせて描かれる“名古屋めし”がとにかくおいしそう。
「ごくごく」「ぐびび」「ぷはー」とあちこちでビールが空けられる様子にも、のどがゴクリと鳴ってしまう(味の濃い名古屋めしにはビールが合う。実際、名古屋ではビールの消費量が酒類の中でダントツに多いのだ)。
高架を走る赤い電車を降り、踏切を渡ったらどて味噌のいい香りが漂ってくる赤提灯「トラとミケ」。
気のいい老(猫)姉妹がきりもりする老舗居酒屋には、夜な夜ななじみの顔ぶれが集う。ガララと開ける木戸に、瓦の庇の上には屋根神様(名古屋周辺独特の民家の屋根の上にある祠)。「いつものちょーでぁ」「今日は早いがね」と飛び交うこてこての名古屋弁。
ほのぼのとした絵柄も含めて古きよき時代のノスタルジーが漂うが、舞台はあくまで現代(スマホが出てくるし、作中出てくる書類に『平成31年』の記載がある)で、こういう飲み屋が今でもちゃんと存在することを示してくれている。そう。ここに描かれているのは決してファンタジーの世界ではなく、令和の世にもリアルに生き残っている昭和の空間であり、つつましくもしっかりと根を張った商売のあり方であり、あけすけながらも相手を思いやる人情の交錯なのだ。登場するのはすべて猫、だけど。
飲んべならこんな居酒屋を探して飲みに行きたくなること間違いなし。食いしん坊ならこんな風につまめる名古屋めしを求めて名古屋へ行きたくなること間違いなし。本作をグルメ漫画と呼ぶのはちょっと語弊があるかもしれないが、飲食店や料理が核となる物語において最も重要なのはそれを食べたい!と思えるか否か。そういう点では本作はまぎれもなく読み手の食欲を刺激する、正しいグルメ漫画といえる。