笑顔で泣かせる芝居は難しいとされる。渋面で笑わせるのも同様だろう。いずれも役者の器量が問われる。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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ドラマ『これは経費で落ちません!』(NHK金曜午後10時)で主演を務める多部未華子さん。今「不機嫌なコメディエンヌ」をやらせたら最高峰と言える女優ではないでしょうか。
多部さん演じる森若沙名子は経理部員、独身アラサー。貸借対照表のように数字がピタッと“締まる”瞬間が好き。領収書を通じて浮上する職場のさまざまな問題をクールに、時に論理的に、ズバっと解決していく。
表情を崩さずニコリともせず上司に意見する超然とした仕事ぶり。「気持ちいい」「カッコいい」「胸がすかっとする」「憧れる」という視聴者の声が沸き上がっています。
何よりも面白いのは、沙名子が「道徳家」ではないところ。モットーは「フェアでなくイーブン」。仕事としてきっちりイーブンに落とすのが美学であっても、正義を振りかざすわけではない。経理と聞くとつい不正を見逃さず正義感で相手を斬るキャラをイメージするけれど、沙名子はそう単純ではないのです。正しさが時に破壊にもつながるリスクを知っていてどこか奥行きというか優しさがある。正義漢は一見会社や他者のためのようで時に追求者自身の自己満足であることも知っている…。
「つじつまが合えばよし」という価値観の沙名子は、いわば喧嘩両成敗、ウィンウィンの関係構築、互いに納得できる落としどころを見つけようというリアリストです。考えてみると日本のドラマではあまり見かけないフラットなヒロイン像。そんな沙名子を、背筋を伸ばして思い切り演じている多部さんがいい。
固い表情で滑舌良くきっちりと演技をすればするほど、周囲の人々のおろおろ感…新発田経理部長(吹越満)や吉村営業部長(角田晃広)らの可笑しさが浮かび上がる。上質なコメディとは、役者が「笑わそう」なんて自意識をみじんも見せずにとことん演技を追求した結果、見ている人がつい笑ってしまう作品のこと。
このドラマは「不機嫌なコメディエンヌ」の多部さんをはじめ出演する役者たちがそのことを心得ています。