夏真っ盛り。全国津々浦々の商店街や公園、学校の校庭などでは「やぐら」が組まれ、浴衣姿の老若男女が音頭に合わせて踊る「盆踊り大会」も最盛期を迎えている。実に和やかで健康的なこのイベントの“秘された歴史”を、歴史作家の島崎晋氏が解説する。
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明治以前の盆踊りの会場は現在で言うクラブ(ディスコ)、それもかなりいかがわしいクラブであった。そう言うと違和感を覚える人も多いかもしれないが、それは明治以降の政策や教育の影響であろう。本来の盆踊り会場はいわば「ナンパの場」で、その周囲の茂みでは男女の営みが無数に繰り広げられていた。
このあたりの事情は風俗史家である下川耿史氏の著作『盆踊り 乱交の民俗学』(作品社)にも詳しいが、明治維新を迎えるまで、武士の家庭を除けば貞操観念は極めて薄く、江戸市中においては職人の妻の浮気、農村部では婚前交渉や後家への夜這い、旅人への一夜妻の提供などが日常的な光景だった。
明治政府は列強から野蛮視されるのを嫌い、武家と同様の貞操観念の普及に努めた。そのため「日本女性は貞操観念が強い」という神話が創造され、明治以降生まれの人びとはそれが古くからの伝統と思い込まされてきたのだ。しかし、証拠や記憶を完全に消し去ることはできず、下川氏の著作刊行を待つまでもなく、盆踊りの“一番の楽しみ”が何であるかが、(たとえば農山漁村などでは)公然の秘密として広く語られていたのだった。
おおもとを辿れば、盆踊りとは祖霊を送り返す仏教行事であるが、それがナンパの場に変わるまでさして時間はかからなかった。
近年のNHK大河ドラマではセクシー枠がなくなり、艶描写もほとんど排除されてしまっているが、岩下志麻演じる北条政子を主人公に、石坂浩二演じる源頼朝と松平健演じる北条義時を二大脇役とした昭和54年(1979年)放映の『草燃える』では、三島大社の夏の例祭において、男の手が若い娘の襟裾から中へ差し入れられるシーンや、若い男に半ば強引に引っ張られながら暗闇へと消えていく娘の姿などが描かれていた。この三島大社におけるシーンは時代考証の点からしても、そう間違ってはおるまい。