音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、真打に昇進する「現代に生きる江戸っ子」柳亭小痴楽が、独自の解釈を重ねてたどりついた『大工調べ』についてお届けする。
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平成末期の落語界で顕著な現象として「二ツ目の活躍」が挙げられる。その象徴が芸協の二ツ目ユニット「成金」だった。
その「成金」が9月に解散する。柳亭小痴楽が真打に昇進するからだ。僕は、小痴楽は人気の若手真打として大きく飛躍するものと見ている。そう確信したのは6月20日、新宿・道楽亭での独演会で『大工調べ』を聴いたときだった。
小痴楽の身上は「現代に生きる江戸っ子」そのものの、イキの良さ。棟梁の啖呵を威勢よく演じるのはまさにハマり役だ。だが小痴楽は『大工調べ』を「因業な大家をやり込める」だけの噺にしなかった。
ろくに頭も下げず生意気な物言いをする棟梁に対し、大家は「道具箱を渡さないとは言ってない、八百持って来ればいいんだ」と明言する。なのにキレて啖呵を切り「出るところへ出てやろうじゃねぇか!」と息巻く棟梁に、大家は「何を言ってもいい、だがこういうバカがいるから私だって何十両、何百両と立て替えたり、大変な思いをしてるんだ」と反論。棟梁が「嘘ばっかりつくんじゃねぇや」と言うと大家が「おい、嘘でもいいから八百並べろ」でサゲ。
これは立川談志が考案したサゲだが、この演出に至った経緯を次の噺のマクラで小痴楽自身が明かしたのを聞いて、大いに感心した。