柄本明は職人的役者である。いい人も、極悪人も、情けない人も、愉快な人も、あらゆる人間の姿形、顔の表情を変えながら演じ切る。医者、教師、刑事、作家、さらには暴力団員や悪役も変幻自在。そこにあるのは、人間の根源にある残酷さや可笑しさを引きずり出すかのような、本物より本物らしい圧倒的なリアリティだ。
そして、9月13日公開の映画『ある船頭の話』では、明治~大正期の小舟の船頭トイチ役である。村と町をつなぐ河の渡しをしながら、近代化を進めていく社会と静かに対峙する老人。11年ぶりの主役でほぼすべてのシーンに出続けるが、本人は、こう突き放す。
「変な言い方だけど、僕は船頭でもなんでもないわけでしょ(笑い)。船頭の格好をしているから、船頭っていうことですよ。よく“役の気持ち”とかって言うんだけど、本物の船頭じゃないのに気持ちなんてないですよ。もちろん、台本を読めばわからなくはないし、まあ、船頭さんに見えればいいなとは思いますけど」
『ある船頭の話』の脚本・監督を務めたオダギリ ジョーは、柄本を起用した理由をプログラムにこう記す。
〈柄本さんとは何度も共演していますが、心を許してくれている感じがなく、僕はそこが好きだったんです。(中略)柄本さんが持つ独特のねじれとか、何を考えているのか分からない怖さみたいなものがトイチから滲み出ることになり、それがキャラクターの奥深さにつながることを期待しました〉
出演作品が数百本を数える名優は、シャイな上に考え深く、簡単には胸襟を開いてこない。吐き出す言葉は常にどこかシニカルだ。だから、主演作の感想もこうなる。