◆その人なりの生き方を書く
千葉の実家から銀座に通う航樹は、地元の友達と飲むことを好み、話題は仕事の愚痴や恋バナだ。実は彼には初恋の人〈梨木文恵〉に告白してフラれた過去があり、小説を読み始めたのも彼女が本好きだったから。その文恵と同窓会で再会し、彼氏と遠距離恋愛中と知りつつデートを重ねる航樹が当時話題の『ノルウェイの森』など、恋愛小説を急に読み出すのがおかしい。
「でもそういうもんですよね。本がその時々の自分を映したり、初恋を引きずるのは男だけだったり(笑い)。僕も当時は自分の給料で本を買えるのが最高に幸せだったし、自分の扱った紙でできた本を手にした時の喜びは忘れられない。今や紙の本は贅沢品になりつつありますが、効率だけでは語れないものも、僕はあってほしい人間なんです」
幾多の難局を乗り切り、自信もついた矢先、航樹は夢を貫いて編プロに就職した友人の名前を雑誌に見つけ、〈自分はなにもつくってはいない〉と思い始める。そして本書は後半、会社の窓から紙ひこうきを飛ばし、自らを重ねた彼の再出発の物語に舵を切るが、自分が周囲の人からどんなに思われてきたか、航樹は銀栄を辞めてようやく気付くのだ。
「例えば〈うまくやってくれ〉という長谷川の口癖は会社生活における至言だったりするし、そういうことを頭ではなく体でわかっていく感じも僕自身の経験がベースになっている。今の自分は過去の集積でしかない以上、過去に拘り、大事にしてこそ、今をしっかり生きられると僕は思うので。